なりきるキミと乗っ取られたあたし

 ジタバタしているあたしを横目に、夕凪はあたしが持っていたレジ袋をひょいと取り上げた。

「それ、あたしの!」
「誰のお金で買ったと思ってるの」
 正論を言われシュンとなる。
「それは……。あとで返す」
「お金は返せても食べちゃったものをエネルギー消費するのは大変なんだから」

 一回の食事くらいで大げさだと言いたくなったがこらえて要求した。
「お願い。アーモンドミルクだけでも。のどつまりそう」
 大げさにノドをつかんでもだえると、しょうがないね、とアーモンドミルクのパックだけくれる。

 そして、自分はメロンパンの袋を引き裂くとかじりついた。
 あたしは慌てて音無花音の腕をつかんだ。
「え! そっちは食べてきたんだよね」
「そうだよ。もったいないから、食べておいてあげる」
「お願いだから、戻るころには丸々太ってるとか、やめてよね」
「そっちこそ。給食は半分残すように――うわっ、これウマっ」

 そうだよ、そのメロンパンは中にホイップクリームとメロン風味のカスタードクリームが入ってるんだから。
 こんな時じゃないと食べられないと思ったのに、なんで夕凪はダイエットなどしているんだ。
 気が変わって取り上げられないうちに、焼きそばパンとアーモンドミルクを急いで胃袋におさめた。それでもおいしさを堪能できて満たされていった。

「こんなに短時間で食べきったのはじめて」
「無茶しないでよ」
 釘を刺してきた夕凪を見ると、メロンパンを二口ほど食べただけだった。
「メロンパン、食べきれなかったら、食べてあげるよ」

 夕凪は両手に持ったメロンパンを見つめてだいぶ悩んでいたが、ふとあたしを見上げた。
「……実は、おなかいっぱいだった」
「だよね。ハムエッグとトーストに、今日は……ほうれん草のポタージュかな」
「当たり」

 あたしがメロンパンを取り上げて一口かじっても、夕凪はなにも言わなかった。
 サクッとした歯触り、とろりとしたクリーム。鼻腔にもメロンの香りが広がって、ほどよい甘みがあとをひく。
 こちらもあっという間に食べきった。

 横で夕凪がボソリといった。
「千本ダッシュの刑だからね」
「食べた直後は無理」

 あたしはかまわずに学校へ向かった。
 足の長い夕凪は普段あたしが歩くペースよりも早い。
 音無花音の姿をした夕凪は小走りでついてきた。

「ねぇ、このこと、誰かに相談したりするの?」
「うーん、するとしたら――キリコかな。元に戻る方法で、なにか知ってることがあるかも」
「キリちゃんならいいかも」
「キ、キリちゃん!?」

 音無花音の口からそんな呼び名が出てきてゾッとする。

「幼なじみかなんかしらんけど、あんた、音無花音なんだから、キリコって呼んでよ。それと、あたしら、いま問題抱えてんの。先輩ににらまれてもひるまないでよ。詳しいことはキリコに合わせて」
「なんでそんな面倒なことになってるの」
 夕凪はぐったりとしていう。

「女子はね、いろいろ面倒なの。夕凪が抱く女子の姿は妄想でしかないの。くれぐれも!」
 あたしはとりわけ強く言った。
「あなたの理想の音無花音になろうとしないでね。あたし、優等生になりたいわけじゃないの」
「カーストの上位が優等生とは限らないものね」
「わかってるじゃない。あ、それと、きのう家に帰ったら、お母さんにサボったでしょって怒られたけど、なに? 塾でも行ってるの」
「あー。忘れてた」

 母親の怒りとは裏腹に、夕凪は間の抜けた反応だった。
 だけど、あたしが返した言葉とそっくり同じで、そこは間違っていなかったのかと少しおかしくなった。

「うん。塾だよ。アニキが通って成績上がったからってさ。アニキの後追いばかりさせて」
「アニキのようになれって?」
「そう」

 夕凪の父も兄もやはり大きな人だった。
 兄は朝ゆっくりしていたところをみるに、部活動はしていないようだが、体格もいい。親に従順なタイプにも見えなかったけど、親の期待を要領よくあしらっているのかもしれない。