薄暗い階段下であたしは転げ落ちたまま立ち上がれない。
あたしのそばに誰かが立って、人影が落ちた。
みじめだ。どうせ笑うんでしょ。
けれどもその声は落ち着いていた。
「どうした?」
その声を聞いただけで背筋がぞわっとした。
まったく予期していなかったことに、最悪だ、とまず思った。
その声は、聞いただけでわかる。
どこから見られていたのだろう。
階段から転がり落ちるだけでも恥ずかしいのに、友達に助けられることもなく、それどころか置いていかれてひとりぼっちだなんて、ここから消えていなくなりたいくらいだ。
恐る恐る見上げる。
やっぱり日向陽向だった。
あたしが密かに思いをよせる陽向くん。
きっとあざ笑うつもりなんてなくて、ただ心配してくれてるだけなんだろうけど、もっと別の機会に近づきたかった。
神経すり減らしてここまでやってきたのだって、誰が見ても陽向くんにふさわしいのは音無花音だって思われたかったから。
陽向くんはそれくらいにイケメンだし、女子から圧倒的な人気を得ている。
中途半端なことではやっかみで蹴落とされる。
陽向くんと付き合えても、女子から嫉妬されて、クラスで孤立するのは耐えられない。
ぼっちになったあたしを見たら陽向くんだって距離を置きたくなるはずだ。
陽向くんに告るには、それなりの準備が必要なのだ。
陽向くんは身をかがめて顔を近づけると、あたしの二の腕をがっちりとつかんだ。
「立てるか?」
血の気が引くような思いなのに、あたしの頬はほてってきた。
それを隠すように小さくうなずく。
陽向くんの力添えがあっても、体が重い。
打ち付けた腰も痛いし、思うように体が動かない。
くいしばってどうにか立ち上がる。
スカートについたほこりが気になってはたいた。
――あれ?
スカートの裾が長い?
膝頭がすっぽりと隠れている。
やだ! まさか、スカートがずり落ちているとか?
慌てて腰回りを確かめるが、ホックはとまっていた。
どういうことだろう。
さらに視線を下げると、くそダサい靴下をはいていた。学校推奨の白いスクールソックスだ。
入学当初はどんな格好をしたらいいのかもわからず、それをはいていたが、一週間もしないうちに捨てたはずなのに、なんでこんなのはいてきちゃったんだろう。
そんなことより、片方だけ上履きをはいてない。
どこへいったのだと周りを見渡せば陽向くんが拾い上げていた。
「はい」
差し出された上履きには『キリコ』とデカデカとマジックで書き込まれていた。
これは――。
そのときの情景を思い起こして冷や汗が出てきた。
かわいくデコってあげるよと、あたしが油性マジックで書いたものだ。
活劇マンガの擬音みたいに荒々しくて、おおよそかわいくなんかないけれど、名前を書いてあげてるんだから意地悪じゃないしっていう逃げ道がみえみえの、イタズラ書き。
なんでキリコの上履きがこんなところに?
突き返すのも違う気がして、あたしは震える手でそれを受け取る。
まさか、陽向くん、あたしとキリコを間違えてるとかじゃないよね?
あんまりにもあたしが微動だにしないせいか、陽向くんは心配そうにあたしの顔をのぞき込んだ。
「大丈夫?」
こんなにも優しくしてくれて、ありがとうっていうべきなのだろう。
なのに言葉が出てこなくて、うなずくことしかできない。
「あ、先生来てる。早く行ったほうがいい」
陽向くんはそういうと階段を上っていった。
担任の山本祐子先生が廊下の端からこちらへ向かってきていた。もう始業時間だ。
とりあえず残されていたバッグを拾い、キリコの上履きに足を入れた。22.5cmなんて小さいと思っていたら、なぜかジャストフィットだった。
なんで。
頭が混乱している。とにかく、行かなきゃ。
痛む腰と背中を気にしながら教室へ向かった。
あたしのそばに誰かが立って、人影が落ちた。
みじめだ。どうせ笑うんでしょ。
けれどもその声は落ち着いていた。
「どうした?」
その声を聞いただけで背筋がぞわっとした。
まったく予期していなかったことに、最悪だ、とまず思った。
その声は、聞いただけでわかる。
どこから見られていたのだろう。
階段から転がり落ちるだけでも恥ずかしいのに、友達に助けられることもなく、それどころか置いていかれてひとりぼっちだなんて、ここから消えていなくなりたいくらいだ。
恐る恐る見上げる。
やっぱり日向陽向だった。
あたしが密かに思いをよせる陽向くん。
きっとあざ笑うつもりなんてなくて、ただ心配してくれてるだけなんだろうけど、もっと別の機会に近づきたかった。
神経すり減らしてここまでやってきたのだって、誰が見ても陽向くんにふさわしいのは音無花音だって思われたかったから。
陽向くんはそれくらいにイケメンだし、女子から圧倒的な人気を得ている。
中途半端なことではやっかみで蹴落とされる。
陽向くんと付き合えても、女子から嫉妬されて、クラスで孤立するのは耐えられない。
ぼっちになったあたしを見たら陽向くんだって距離を置きたくなるはずだ。
陽向くんに告るには、それなりの準備が必要なのだ。
陽向くんは身をかがめて顔を近づけると、あたしの二の腕をがっちりとつかんだ。
「立てるか?」
血の気が引くような思いなのに、あたしの頬はほてってきた。
それを隠すように小さくうなずく。
陽向くんの力添えがあっても、体が重い。
打ち付けた腰も痛いし、思うように体が動かない。
くいしばってどうにか立ち上がる。
スカートについたほこりが気になってはたいた。
――あれ?
スカートの裾が長い?
膝頭がすっぽりと隠れている。
やだ! まさか、スカートがずり落ちているとか?
慌てて腰回りを確かめるが、ホックはとまっていた。
どういうことだろう。
さらに視線を下げると、くそダサい靴下をはいていた。学校推奨の白いスクールソックスだ。
入学当初はどんな格好をしたらいいのかもわからず、それをはいていたが、一週間もしないうちに捨てたはずなのに、なんでこんなのはいてきちゃったんだろう。
そんなことより、片方だけ上履きをはいてない。
どこへいったのだと周りを見渡せば陽向くんが拾い上げていた。
「はい」
差し出された上履きには『キリコ』とデカデカとマジックで書き込まれていた。
これは――。
そのときの情景を思い起こして冷や汗が出てきた。
かわいくデコってあげるよと、あたしが油性マジックで書いたものだ。
活劇マンガの擬音みたいに荒々しくて、おおよそかわいくなんかないけれど、名前を書いてあげてるんだから意地悪じゃないしっていう逃げ道がみえみえの、イタズラ書き。
なんでキリコの上履きがこんなところに?
突き返すのも違う気がして、あたしは震える手でそれを受け取る。
まさか、陽向くん、あたしとキリコを間違えてるとかじゃないよね?
あんまりにもあたしが微動だにしないせいか、陽向くんは心配そうにあたしの顔をのぞき込んだ。
「大丈夫?」
こんなにも優しくしてくれて、ありがとうっていうべきなのだろう。
なのに言葉が出てこなくて、うなずくことしかできない。
「あ、先生来てる。早く行ったほうがいい」
陽向くんはそういうと階段を上っていった。
担任の山本祐子先生が廊下の端からこちらへ向かってきていた。もう始業時間だ。
とりあえず残されていたバッグを拾い、キリコの上履きに足を入れた。22.5cmなんて小さいと思っていたら、なぜかジャストフィットだった。
なんで。
頭が混乱している。とにかく、行かなきゃ。
痛む腰と背中を気にしながら教室へ向かった。



