なりきるキミと乗っ取られたあたし

 なんで携帯を持ってないんだよ。今どきありえない。
 公衆電話がありそうなところが、駅ぐらいしか思いつかなくて30分以上かけてやってきた。あちこち体は痛いし、へとへとだ。

 10円を入れて10円が返却されるってことを何度か繰り返しながら、どうにかかけかたがわかって音無花音のスマホに繋がった。
「もしもし? 自分の声、わかるよね?」
 早口で伝えると、のんきな声が返ってきた。
『ああ、音無さん。どこににるの。大丈夫?』
「ひどいめにあってるよ。なんで携帯持ってないの」
『ええ? それ、必要?』

 イヤな予感がしてきた。
「友達とのやりとりどうしてんの」
『学校で会うのに? そんなに連絡事項多くないでしょ』
「じゃあ、家にもないんだね……って、そうだ、夕凪んち、知らないんだけど」
『そっか。それは大変だったね』

 他人事みたいに言う音無花音の声にいらつきながら、自宅を聞き出し、バッグから筆記用具を拝借してメモった。

「それで、お母さんはごまかせた?」
『ベランダから飛び降りちゃったからびっくりしたよ。だから、涙も引っ込んで、友達はいま帰ったよっていったら、靴があったよっていうから、トイレかなっていったら、納得してた』
「ウソでしょ!?」
『見送りぐらいしなさいとは言われた。なんか、音無さんのお母さんとはうまくやれそう』

 夕凪ってこんなに楽観的なひとだったのか。
 あたしと夕凪の波長は合わなそうだと、ため息をついているうちに通話が切れてもう一度10円でかけ直す。

「あたしのスマホはこっちで預かっておく。どうせLINEとかできないでしょ」
『明日でよくない?』
「いいわけないでしょ! うちのポストに入れといて。すぐに取りに行く。それから、くれぐれもあたしの体にさわらな――」
 ツーツーツー。

 ん? 早くないか? 切ったのか? 切ったのか? あいつめ!

 財布の中の硬貨はもう1円玉だけだった。これから夕凪とはどうやってやりとりをしたらいいのだろう。
 あたしはダッシュで自宅へ戻り、ポストからスマホを奪還した。充電器まで押し込んであったから、それなりに使えるヤツではあった。

 だが――自分ちだというのに、なんでこんなにコソコソと泥棒みたいなことを……と、むなしくなりながら、メモを頼りに夕凪宅までどうにか帰って行った。