「右手を出して」
あたしがいうと、夕凪も右手を出した。ぎゅっと握りしめる。
「左手は背中ね」
かなり抵抗がある。夕凪の体で、音無花音の体を抱きしめるのは。
それでも、戻るためだ。あたしは音無花音の背中に手を回して、抱きしめた。音無花音となった夕凪も、あたしの背中に手を回す。
「戻ろう……戻りたいって、願って……」
どうだろう……。
戻っただろうか。
だが、あたしは夕凪風太より背の低い音無花音を、少しかがむように抱きしめている。いつまでたってもそれが変わらない。
あたしは音無花音の体を突き飛ばした。
「ちょっと! なんなのよ。どうして戻りたいって思わないのよ!」
「そんなこと言われても……。ごめん、まだちょっと、って、思ったかも」
「あたしの体が見たいとか変なこと考えてたんでしょ!」
「違う! それは本当に違うから! わかって……」
夕凪は両手を使って全力で否定するように手を振っている。
「わかるわけない。絶対、イヤだから。夕凪があたしの体でいることも、あたしが夕凪の体でいることも」
「それは、そうだと思う。こっちはちょっと音無さんに憧れのような気持ちもあって……あ、でも、ちょっと、理想と違うところもあるけど……」
「なんなのそれ、わけわかんない、っていうか、それでまだ音無花音でいたいとか、キモい。理解できない」
心底イヤって顔で切り返した。
「ごめん……でも、本当に……」
夕凪はなぜか涙を流しはじめた。うつむいて、くいしばったようにこらえているが、次から次へと涙が止まらない。
「え? 泣くの?」
泣きたいのはこっちだ。女子の姿をしているからって、涙を流したところで、こちらが心動かされるはずもない。
もうあきれてどうしていいのかわからなくなってくる。
「……ねぇ、ちょっと花音?」
階下からお母さんの声が聞こえてきた。
「お友達来てるの?」
階段を上がってくる音まで聞こえてきた。
目の前にいる音無花音が泣いているのを見て「まずい」とあせる。
こちらは男だ。ひょろひょろの頼りなさそうな体躯とはいえ、男なのだ。部屋で二人きりってことだけでもまずいのに、このままではお母さんまでもがヒステリックに騒ぎ立てて、もっとやっかいなことになってしまう。
入れ替わるために夕凪の姿のまま、このうちに来なきゃいけないかもしれないし、顔を覚えられるのも得策ではなかった。
あたしは夕凪のバッグを抱えるとベランダに出た。
夕凪! きみの体ならやれる。ここから脱出をはかろう。
あたしはベランダの柵を越え、ベランダの柱を伝って降りようとしたが、途中で芝に落ちてしまった。
「痛い……」
運動能力がないのはあたしのせい? それとも夕凪が思った以上に筋力なくてうまくいかなかったの? 足はジンジンするし、また腰を打ち付けてしまったが、のたうち回っている場合ではない。
すぐに立つと玄関から靴を持って逃げた。
100メートルくらい走ってから靴を履く。追ってくる様子はない。
夕凪もうまくやったらしい。
息が切れ、両手を膝について呼吸を整える。
もう一度何でもなかったように訪問してみようかと考えたが、ショッキングピンクの派手なラインが入った靴を見て思いとどまった。
帰宅したお母さんが見慣れないこの派手な靴を覚えていないとは思えなかった。
はたと、靴がなくなるミステリーを発生させてしまってもよかったかと考える。
ま、今さらどうにもならない。次にここへ来るときは違う靴を履けば……。
「だから、夕凪の家を知らないじゃん!」
ひとり叫んで夕凪のバッグを探った。スマホがない。
そうか、男子だとポケットか?
体中をまさぐるが、スマホも携帯電話も持ってない。
「落としてないよね……」
はじめからなかったのか、あったのか、わからなかった。
でも、財布ならあった。
公衆電話からかけよう。自分のスマホの番号ぐらいは覚えている。
あたしがいうと、夕凪も右手を出した。ぎゅっと握りしめる。
「左手は背中ね」
かなり抵抗がある。夕凪の体で、音無花音の体を抱きしめるのは。
それでも、戻るためだ。あたしは音無花音の背中に手を回して、抱きしめた。音無花音となった夕凪も、あたしの背中に手を回す。
「戻ろう……戻りたいって、願って……」
どうだろう……。
戻っただろうか。
だが、あたしは夕凪風太より背の低い音無花音を、少しかがむように抱きしめている。いつまでたってもそれが変わらない。
あたしは音無花音の体を突き飛ばした。
「ちょっと! なんなのよ。どうして戻りたいって思わないのよ!」
「そんなこと言われても……。ごめん、まだちょっと、って、思ったかも」
「あたしの体が見たいとか変なこと考えてたんでしょ!」
「違う! それは本当に違うから! わかって……」
夕凪は両手を使って全力で否定するように手を振っている。
「わかるわけない。絶対、イヤだから。夕凪があたしの体でいることも、あたしが夕凪の体でいることも」
「それは、そうだと思う。こっちはちょっと音無さんに憧れのような気持ちもあって……あ、でも、ちょっと、理想と違うところもあるけど……」
「なんなのそれ、わけわかんない、っていうか、それでまだ音無花音でいたいとか、キモい。理解できない」
心底イヤって顔で切り返した。
「ごめん……でも、本当に……」
夕凪はなぜか涙を流しはじめた。うつむいて、くいしばったようにこらえているが、次から次へと涙が止まらない。
「え? 泣くの?」
泣きたいのはこっちだ。女子の姿をしているからって、涙を流したところで、こちらが心動かされるはずもない。
もうあきれてどうしていいのかわからなくなってくる。
「……ねぇ、ちょっと花音?」
階下からお母さんの声が聞こえてきた。
「お友達来てるの?」
階段を上がってくる音まで聞こえてきた。
目の前にいる音無花音が泣いているのを見て「まずい」とあせる。
こちらは男だ。ひょろひょろの頼りなさそうな体躯とはいえ、男なのだ。部屋で二人きりってことだけでもまずいのに、このままではお母さんまでもがヒステリックに騒ぎ立てて、もっとやっかいなことになってしまう。
入れ替わるために夕凪の姿のまま、このうちに来なきゃいけないかもしれないし、顔を覚えられるのも得策ではなかった。
あたしは夕凪のバッグを抱えるとベランダに出た。
夕凪! きみの体ならやれる。ここから脱出をはかろう。
あたしはベランダの柵を越え、ベランダの柱を伝って降りようとしたが、途中で芝に落ちてしまった。
「痛い……」
運動能力がないのはあたしのせい? それとも夕凪が思った以上に筋力なくてうまくいかなかったの? 足はジンジンするし、また腰を打ち付けてしまったが、のたうち回っている場合ではない。
すぐに立つと玄関から靴を持って逃げた。
100メートルくらい走ってから靴を履く。追ってくる様子はない。
夕凪もうまくやったらしい。
息が切れ、両手を膝について呼吸を整える。
もう一度何でもなかったように訪問してみようかと考えたが、ショッキングピンクの派手なラインが入った靴を見て思いとどまった。
帰宅したお母さんが見慣れないこの派手な靴を覚えていないとは思えなかった。
はたと、靴がなくなるミステリーを発生させてしまってもよかったかと考える。
ま、今さらどうにもならない。次にここへ来るときは違う靴を履けば……。
「だから、夕凪の家を知らないじゃん!」
ひとり叫んで夕凪のバッグを探った。スマホがない。
そうか、男子だとポケットか?
体中をまさぐるが、スマホも携帯電話も持ってない。
「落としてないよね……」
はじめからなかったのか、あったのか、わからなかった。
でも、財布ならあった。
公衆電話からかけよう。自分のスマホの番号ぐらいは覚えている。



