なりきるキミと乗っ取られたあたし

 双葉たちも駆け寄ってきて音無花音に群がった。
「大丈夫なの?」
「最近ケガしすぎじゃない?」
 入れ替わりを知らない双葉と友梨奈はちょっとあきれたようにいう。
「平気だよ。車に突っ込んでいったのはさすがにヤバかったけど」
 音無花音はなんということもないようにおどけながら、二人に支えられて立ち上がった。

「ヤバいじゃないでしょ」
 やってきた先生が注意する。
「いきなり飛び出したのはあなたの方だし、あんな言い方して逆ギレされたら大変よ」
「すみません……」
 しおらしく音無花音は頭を下げた。
「そもそも、夕凪くんが助けてくれたから何事もなかったんだし」

 先生はあたしの腕を取ると「大丈夫?」といいながら引き上げた。ひょいっと、簡単に体が持ち上がる。
 ということは――この体は夕凪風太なのか。

 立ち上がると集まっていた人たちを頭一つ上から見下ろした。
 180センチはあろうかという高身長。痩せ気味の体はひょろひょろっていうか、ナヨナヨ。
 今は女子みたいなベリーショートだが、いっときは侍のようなポニーテールにしていたこともある。
 ぶっ飛んでいるところもあるが、目立つこともない。孤独を愛するといったら聞こえがいいが、たしか、あまり友達はいなかったはず。

 なんであたしは夕凪になってしまったんだ。
 入れ替わった音無花音もあたしらくないというか……そうよ、あたしらしくはない。さすがのあたしもあそこまで気が強くない。
 だからといって、平穏な夕凪の性格ともちょっと違うようにもかんじる。

「ふたりとも、なんともない?」
 先生がたずねる。
「はいっ」
 間髪おかず音無花音は元気に答えた。
 ケガはないようだ。それはきっと、意外にも男らしく夕凪が守ってくれたおかげでもあるのだろう。

 夕凪風太の体になったあたしはというと、泣きたくなるほど体中が痛い。
 筋肉も脂肪もなくてクッション性がないものだから、ひじもひざも、肩甲骨も尾てい骨も、出っ張った骨という骨が痛くて、手の甲もすりむいていたが、夕凪とはいえ一応男子なので「なんともないです」とやせ我慢した。

「ありがとね、ナギ」
 音無花音はあたしに向かってそういうが、あたしは夕凪をナギとは呼んでいない。そう呼んでいる女子もいるけど、ただ席が隣というだけで、夕凪のことをなにも知らない。

「……気をつけろよ、マジで」
 と、夕凪のふりしていってはみたものの、やはり、しっくりこない。

「なんか、ナギおかしくない?」
 友梨奈が微笑交じりに指摘すると、双葉は「花音の前だからじゃない?」と応じ、「そっかそっか、男気あるところ見せないとね」と、ふたりはへんな方向にはやしたてる。
「もう、ちょっとやめてよ。帰るよ」
 音無花音はふたりをなだめた。

「じゃあ、今度こそ本当に気をつけて」
 先生に送り出されて4人は帰って行った。
 冗談じゃない。このまま帰してなるものか。
 あたしはひっそりあとをつけて、音無花音がひとりになるときを待った。