なりきるキミと乗っ取られたあたし

 天地がひっくり返ったみたいに目が回り、腰に強い衝撃を受けた。
 悲鳴を上げたように思ったがどうだろう。痛すぎると逆に声にならないのかもしれない。
 なんだってこんな目にあわされなきゃならないの。
 文句をつけようにも、うめくことさえできない。

「ちょっと! 大丈夫!?」
 大げさに声を上げて双葉が飛んできた。

 でも、双葉が駆け寄ったのはあたしじゃなかった。
 何が起こったかわからないといったふうの友梨奈も駆けつけて、倒れているキリコの身を案じて背中をさすった。

 なんで……
 なんでキリコなの?
 あたしはこっちだよ……?
 どうしてよ。キリコが引きずり落としたんだよ?
 被害者ぶってうずくまってるキリコにだまされないで。
 体を強く打ち付けたせいで、苦しくて、声が出ない。

 キリコはふたりに手助けされながら身を起こした。

 ――あれ?

 目の前にいる人物になにか違和感がある。なにかがへんだ。
 キリコだったよね、あたしを引っ張り落としたのは?
 キリコってそんなに髪が長かったっけ?

 苦しそうにうつむいているキリコをよくよく見る。
 さらさらと垂れ下がった長い髪に顔が隠れてよく見えない。
 キリコは双葉と友梨奈に両脇を支えられ、ふらふらと、ほっそりとした足で立ち上がった。

 右足が痛むのか、かばうようなそぶりをする。
 前屈みになっているけれど、それでも両脇のふたりよりもキリコの方が背が高いように見えた。

 やっぱり、目の前にいるのがキリコのように思えない。
 スタイルがまったく違うのだ。
 ずんぐりとしたキリコだったら、大きなカブでも抜くみたいに、「よっこらしょ」とかけ声いいたくなるような、大きな尻してたじゃない。

 キリコを凝視していたら双葉がこちらをキッとにらんだ。
「どういうつもりよ。危ないでしょ。二度と近づかないで」

 どうしてあたしがそんなこといわれなきゃならないの?
 悪いのはキリコでしょ。

「歩ける?」
 友梨奈にそう声をかけられたキリコはゆっくりと顔を上げ、長い髪の隙間からこちらをのぞき見た。

 え――? あたし?

 ふたりに抱えられているのは、このあたし、音無花音(おとなしかのん)だった。
 どうなってるの?
 まさか、幽体離脱? あたしの体からあたしの魂が抜け出したの? あたし、死んじゃったの?

 違うよ、落ち着いて。
 あたしは生きてる。
 さっき、双葉はあたしに向かって二度と近づくなって、言い放ったよね?
 そんなこといわれる筋合いないけど、あたしはここに存在している。

 あたしは両腕で自分を抱きしめてみた。
 大丈夫、ちゃんと存在してる。あたし、ちゃんと生きてる。
 なのに、なぜ目の前にあたしがいるの?

 友梨奈は落ちていたバッグを拾い上げ、あたしには目もくれず、「行こう」とうながして三人は階段を上っていった。

 それは――。
 声をかける暇もなかった。
 そのバッグ、あたしの。

 学校指定のみんな同じバッグ持ってるけど、わかるよね? 三人で買った、同じデザインのイニシャルキーボルダーがついている。あたしのは『K』だよ。知ってるよね? どうしてなの?

 ひどい仕打ちに目の前が真っ暗になった。
 双葉と友梨奈とキリコでなにかをたくらんでいたの?
 あたしがハブられる理由なんてないよ!