なりきるキミと乗っ取られたあたし

 陽向くんは園長先生の自宅も知っていたので、そちらへ回ることにした。
「キリコ、なにしに来たんだろう。日向くんは心当たりがあるっていってたよね?」
 あたしが聞くと陽向くんはいたずらっ子のように顔をほころばせた。
「幼稚園生のころ、オレもキリコもやんちゃでさ、しょっちゅう他の子を泣かせたりしてたわけ」
「キリコが?」
 意外すぎて声がひっくり返ってしまう。

「うん。それで、園長先生から入れ替わりの術を教わったんだ」
「え?」
「右手を握って、左手を背中に回して抱きしめる」
 陽向くんはそういって動作で示して見せた。
「それって……」
「そう、きみに試してみた。うまくいかなかったけどね。しかも、きみはなんの反応もないし」
 陽向くんは口をとがらせながらも、申し訳なさそうに笑った。

 それはそうだよ。こっちはそんなこと知らないし。しかも、相手は陽向くんなんだから、フリーズしちゃうよ。
 手を回して抱きしめられるなんて――
 そういえば、と思い出した。

「それ、キリコにもされた。手を引っ張られて、階段から引きずり落とされたと思ったら、背中に手を回して受け止められて――。結局階段から落ちてひどい目にあったけど」
「あのときだよな」
 そう、あのときだ。みじめな思いをしていたあのとき。陽向くんが声をかけてくれたのだ。
 陽向くんはその時から気づいていたのかもしれない。

「落ちるところまでは見てなかったけど、なんかヘンだなって。だけど、本当に入れ替わりがあるなんて思わないだろ?」
「でも、園長先生に教わったんだよね?」
「それは比喩的な表現なんだ。相手に入れ替わったつもりになって、相手の気持ちを考えなさい。そうして仲直りしなさいって」

 そうか。それで陽向くんはキリコとケンカをしたのか聞いてきたのか。仲直りしようとして抱きしめ合ったら、本当に入れ替わってしまったのではないかと。
 だけど、あたしたちの入れ替わりはそんな穏やかなものではなかった。

「オレも何度かやったことあるけど、実際、入れ替わったことってないんだよ」

 でも、キリコはそれを覚えていて、最近になって園長先生にまで会いに来ている。
 そして、本当に入れ替われる術を習得してしまったのだ。
 キリコはあたしと入れ替わって、あたしの日常を知りたかったのだろうか。
 音無花音になりきって、音無花音の生活を体験してみたかった?
 入れ替わってどうしたかったのだろう。
 逆に、あたしにキリコがどんな気持ちで一日を過ごしているのか、知ってほしかったのだろうか。