なりきるキミと乗っ取られたあたし

「ごめんな」
 さわやかに謝る陽向くんに動揺する。
「あの、ごめん、どういうことなのか、さっぱり……」
「うん、オレだってさっぱりとわからないよ。でも、どういうことなのか、知りたいと思ってさ」

 キリコ目線で見る陽向くんはいつもより背が高く見えた。
 すぐそばに陽向くんがいるっていう実感より戸惑いの方が大きい。
 こんなにも親しげに話しかけられたこともなくて、キリコに嫉妬もしていた。

「その……キリコと、日向くんって、どういう?」
「そうだな、幼なじみって言葉が一番近いのかもしれないけど、最近全然話してないし。マジでキリコだったら、なにすんの!ってぶったたかれてたかもしれないなぁ。それくらいに関わりなかったし、むやみに抱きついたらいけないくらいに年をとったよね。ほんと、ごめん」
 ぶるぶるっと頭をふった。

 あたしたちはもう中学生で、幼いころと同じような感じで抱きついたら、それはちょっと間違えたことをしてしまったと思うのかもしれないけど、あたしはドキドキもしたし、ふたりの関係性に失望もした。
 キリコの中身が入れ替わったことに気づいた陽向くんだけど、あたしのそんな気持ちにはもちろん気づいてなさそう。

 陽向くんは首をかしげていた。
「入れ替わりが起こったってことだよね?」
「うん」
 あたしはうなずいていたけど陽向くんの理解が早すぎて不思議に思う。
「本当に入れ替わりが起こるなんてなぁ……キリコは戻れる方法を知らなかったの?」
「それが……よくわかんない。まじめに考えてくれないし」
「ふうん。そっか。ならさ、ちょっと思い当たることがあって、オレたちが通っていた幼稚園に行ってみないか。もしかしたら、そこでなにかわかるかもしれない」
「それはかまわないけど……」

 陽向くんと一緒にいられるのはうれしいが、ふたりの思い出をさかのぼって、本当にそこになにかあるんだろうか。
 でも、陽向くんには心当たりがあるんだ。それにたくすしかない。

 陽向くんは頭をポリポリとかいて申し訳なさそうにあたしを見た。
「あの……ちなみに、きみは、ええと、誰? キリコは誰と入れ替わったの?」

 あまりにショックを受けて気が遠くなりそうだった。
 陽向くんとはクラスが違うとはいえ、音無花音が別人になったことには気づいていなかったのだ。

「……あたしは……音無花音」
「え……音無さんか。キリコは音無さんとしてうまくやってる?」
「たぶんね」

 誰も気づかないくらいうまくやってる。
 あれだけずっと一緒にいた双葉も友梨奈も、キリコの振る舞いにおかしいと思わずいつもどおりに過ごしている。三人が手を組んであたしのことを騙してるんじゃないかってほど、なんら変わらずやっている。

 だけどそれはキリコがうまくやってるからなの?
 みんな、今まであたしのことを表面的にしか見てなかっただけなんじゃ……?
 陽向くんにキリコが別人だと見抜かれて、心底うらやましかった。

 せっかくふたりきりになれたのに、話すことがなにも見つからなかった。
 幼いころから知っているキリコと陽向くんの話しなんか、これ以上聞きたくもなかったし。

 ――でも。本当は知りたいって気持ちもないわけじゃない。本当はすごく気になっている。キリコは陽向くんの前ではどんな女の子なのか。陽向くんはキリコにどんな態度で接するのか。
 陽向くんはキリコのことをどう思っているのか。
 だけど聞けない。