なりきるキミと乗っ取られたあたし

 もうすぐ雨が降りそうな予感。
 あたしの髪の毛がそう告げている。
 湿気が多いと、くせっ毛が広がってくるからちょっとブルー。

 美容院の予約は三日後だ。
 ストレートパーマをかけて、毛先を切る。
 その代金はお年玉からお小遣いからなにからかき集めて、十二ヶ月分すでに確保してある。それくらい、重要。
 美容師のナミキさんはきれいな人で、そういう人にスタイリングしてもらって「かわいい」って言われると、それだけでこの先一ヶ月、あたしは大丈夫って思える。

 もしもきらびやかでいることに苦痛を感じるなら、早くその席を明け渡したらいい。
 だって、その椅子に座りたい人はいっぱいいるんだもの。
 女王気取りといわれようとも、ちやほやされるのは誰だって気持ちいいでしょ?

 だけど、あたしは渡さない。蹴落とされるより蹴落としたい。
 積み上げられた足下は、組み体操のピラミッドみたいにぐらついているけど、ガシガシ踏みつけてやるわ。
 あたしはあたしらしく。そうあり続けなくちゃいけない。

 きょうも気合いを入れて校門をくぐる。
 お供に連れているのは双葉と友梨奈。
 ここも微妙なトライアングルだったりする。
 二対一にならないように腹の探り合い。

 うちのクラスには絶対的な女王はいなかった。
 だからしっかりとタッグを組んでいるように見せかけなきゃいけないし、万が一、ここからハブられでもしたら、コロコロ坂道を転がり落ちていくだけ。

 落ちてしまったら這い上がれるかって?
 そんなのはムリ。誰も救ってはくれないし、もがいても蟻地獄のように砂に飲まれて終わり。
 中学校生活はあと一年半も残っているんだから、次の仕切り直しまで待つのは、ほんと、絶望でしかない。

「アハハ。キリコでしょ。誰が言い出したのか、盆踊りって。どうやったらあんなにダサく踊れるの」
 あごが外れそうなほど大笑いしているのは双葉だった。

 歌に合わせて踊る動画。最近あたしたちの周りで流行っていた。
 チェーンメールみたいに回ってきて、続きを踊ってどんどんつなげていかなくちゃいけない。
 やらなくっちゃいけないなんてことはないのに、ダンスの好きな双葉がノリノリではじめると、やらないという選択肢はない。
 なぜだかそういうふうにできている。

「うける」
 あたしはそういって受け流した。

 かわいく上手に踊れる子がいて、そうでもない子たちがいて、その下の方に笑い者にするのに最適な子たちがいる。
 ひどいことをいってるつもりはない。
 笑ってあげてるんだよ。
 楽しんでいるに過ぎないという、みんなの共感。
 キリコはみんなから笑えるって、共感されてるの。

「やばい。まじで。あのあとどうしろっていうの?」
 友梨奈もおかしくてたまらないといったふうにバカにする。

 キリコは楽しい獲物だった。
 なじられてもおとなしく、つらいことしかないような毎日でも学校にちゃんと来るし、自分自身を高めて向上しようっていう気がさらさらない、ど底辺にいる女子だ。
 もはや天性かってほどそのポジションにはまってる。

 キリコが自分の意見をいうことはない。
 面倒なことを頼めば「いいよ」って、すぐに了承する。
 頭は悪くないし、そつなく物事をこなす。
 とんでもないグズじゃないところがキリコのいいところだ。

 不服そうな顔はしないけど、死んでるような愛想笑いはに気づかないふりしてキリコに押しつける。
「キリコがやってくれるっていうんだもん」といえば先生だってだまされる。
 だまされるっていうかもう、キリコはいい子だねって、先生にほめられるんだからキリコだって損ばかりじゃないはず。

 あたしたちは朝っぱらから楽しい気分になって校門をくぐる。
 上履きにはきかえて教室に向かった。
 始業時間はもうまもなくで、ぎりぎりに登校してくる生徒でごった返していた。

 あたしたちはかまわず足並みそろえて横並びで階段を上る。
 2、3段上ったときだ。
 ふいに右手首がつかまれた。

 右隣にいる双葉を見たが、彼女がつかんだわけではないらしい。
「ん?」
 と、双葉に不思議そうな顔をされ、じゃあいったいこの手は誰だろうと振り返ったそのときだ。
 握られた手がぐいっと強く引っ張られて足を踏み外した。

「うぁっ!」
 空中に投げ出されたようになってあせるなか、振り返って正面にいた人物に度肝を抜かれた。

 霧島桐子――?

 階段の下からあたしの手を引っ張っているのは、さっきから笑いものにされている張本人、キリコだった。
 あたしはそのままキリコに向かって落ちていく。
 とっさにキリコに抱きつき、キリコもあたしの背中に手を回して受け止めると、そのままあたしたちは階段下に倒れ込んだ。