――すみれちゃんと駿先輩が去ったあと、その場に取り残されたあたしの左手にはお弁当袋がぶら下がっていた。
新汰先輩にはもうお弁当を渡すつもりはないのに、いまさら味を覚えろだなんて言われても。けじめをつける段階だったのに。
そもそも、すみれちゃんがあのときに頼みごとをしなければ恋は始まらなかった。先輩が卵焼きを美味しそうに食べているところを見せなければ、こんなに好きにならなかったのに。
会話が噛み合わないときがあっても頑張って乗り越えてきた。
そんな日々に疲弊したから、バイオレットのユーザーネームを教えてもらってインスタを開いた。
ところが、そこで予想外なことが起きてしまう。
料理好きの枠を超えた多彩な料理。肉や魚、それに野菜や卵や練りものの調合がハイバランス。
プロが作ったような完成度だったので、あたしは狂ったようにページをスライドし続けていた。
それに刺激されて自分も料理なんか始めちゃってるし。
先輩にいつかあたしの料理に惚れてもらおうと思って、区切りのいいところで彼女のお弁当と切り替えるつもりでいた。
だから、急に引っ越すと言われたときは焦った。あたしの料理はまだ研究段階だから。
でも、レシピを受け取って一安心していた。彼女と同じように作れば、先輩はなんの疑いもなく食べてくれると思ったから。
それなのに、あっさり見破られるし。
たしかにあたしもお弁当を作る約束をこぎつけて彼女に頼んだことは悪いと思っているけど、恋をしちゃったんだからしょうがないじゃない。
すみれちゃんのウソさえなければ、努力が惨めに変わることなんてなかったのに。第三者からも責められることはなかったのに……。
一体誰があたしの努力を見てくれるのよ。頑張ってるのはすみれちゃんだけじゃないのに。
それに、ひとくちでも食べたら負けを認めるのと同じだから食べるわけないじゃない。
「こんなお弁当なんてなければよかった。こんなものがあるからあたしは惨めになるの。プライドがズタズタになるの。虚しくなるの。すみれちゃんなんか大っっ嫌い。こんなもの……、こんなものっ!!」
バアアアアァァァン……。
勢いよく投げたお弁当袋は昇降口のゴミ箱の中へ。
あたしは顎から滴る雫を両手で拭いながらその場に佇んだ。
あんたなんかっ!
あんたなんか、あんたなんか大っっっ嫌いっ……。



