――ランチタイム終了直前。
私は自分の席で委員会で発表する資料の最終確認をしていると、地面に叩きつける足音が目の前で止まった。
見上げると、そこにはきつい目つきの莉麻ちゃんが立っている。
彼女は手形がくっきり残るほどの力で私の腕を掴むと、廊下の方へ引っ張り出した。
「なっ、なに? 莉麻ちゃん怒ってるみたいだけど、どうしたの?」
「……」
彼女は背中を向けたままで私からの問いかけに答えない。
反対側の手にぶら下げられているお弁当袋を揺らしながら前を行く。
到着した先は校舎裏。そこで彼女は感情的に口を開いた。
「ふざけるのもいい加減にして!」
「えっ……、なんの話?」
怒る理由がわからなくて困惑していると、彼女は袋からお弁当箱を取り出して私に投げつけた。
ドサッッ……。
「きゃっっ!!」
お弁当箱が体に命中したと同時におかずが飛び出して床に落下。スカートと靴下にはねっとりとした茶色い汁が付着している。
「どうしてこんなことを……」
「あたしにウソのレシピを渡したでしょ!」
彼女は顔を真っ赤にしたまま怒号を飛ばす。
「……ウソのレシピ?」
「早朝に起きてレシピを見ながらお弁当を作ったのに、新汰先輩はほとんど食べてくれなかった。それだけじゃない。いままで作ったお弁当はあたしの手作りじゃないって。最近先輩との関係が上向きだったからうまくいくと思っていたのに……」
それは最も恐れていた事態だった。
先輩がこんな早く気づいてしまうなんて。
「ウソのレシピじゃない。ただ、焼き方ひとつで味が変わってしまうこともあるの」
「じゃあそれも詳しく書いてよ。そうしないとすみれちゃんの味が再現できないじゃない! 見栄えよく作るだけでも大変なのに」
「ごめんなさい。私も先輩が味に敏感だなんて思わなかった。レシピさえあれば平気かと……」
「すみれちゃんはいつも自分のことしか考えてない。あのとき紙袋さえ渡して来なければ先輩に恋なんてしなかった。こんなに傷つかなかったのに……。あたしは操り人形じゃない! もう二度とあたしに関わらないで!!」
彼女は胸の内を吐き出すと、怒り肩のまま来た道を戻っていった。
足元には大量に散らばっているお弁当のおかず。見覚えがあるものばかり。きっと、レシピの一番最初のページを開いたのだろう。
私は落胆したままお弁当箱を拾い、散乱しているおかずを一つ一つお弁当箱の中に入れていく。
ひとくちしかかじった様子のないおにぎりは赤い具が顔を覗かせている。
次第に靴下に滲んでいた汁が冷たさを増していき、おかずを触ろうとしている手が震え始めた。
すると、大きな影とともにもう一つの手が目の前に現れる。
「手伝うよ。早く片付けないと昼休み終わっちゃうし」
男性の声がしたので見上げると、そこには駿先輩の姿が。
私は鼻頭を赤くしたままか細い声を漏らす。
「駿先輩…………」
「酷いよな。弁当がうまく作れないからって人に当たるなんて。キミがちゃんと気持ちを伝えていれば、こんな目に遭わなくて済んだのに」
「それはできなかった。だって、私が本音を言ったら莉麻ちゃんをもっと傷つけちゃうでしょ」
「は?」
「私のレシピを見てお弁当を作ったということは、それくらい新汰先輩のことが好きだから。このおかずを見ていたら、より気持ちが伝わってきたし……」
私は全ての具を拾い終えてからお弁当箱のフタを閉じた。
すると、彼はハンカチを向けてきたので私は「ありがとうございます」と受け取って、スカートを拭き始める。
「じゃあ、キミの気持ちはどうなんの?」
「別にどうでもいい」
「どうして」
「ウソの代償だと思ってるから……。それにもう引っ越すし、いまさら私がお弁当を作ってたと名乗り出ても引かれるだけ。莉麻ちゃんに紙袋を持たせた時点で運命が変わってしまったんです。だから、このまま終わりにしなきゃいけないんです」
私の恋はここで終わり。
お弁当の役割は莉麻ちゃんに託したし、あとは新天地で新生活をするだけ。
新汰先輩を忘れるだけ。恋心を捨てるだけ……。
すると、駿先輩はわしゃわしゃと頭をかいた。
「ばっかじゃねーの?」
「えっ」
「そもそも、なんのために弁当を作ったか考えてみろよ。人の顔色ばかり気にしていた結果こうなったんだろ? 俺には遠回りする理由がわからないね」
たしかに先輩の言う通り。莉麻ちゃんの顔色を気にしていた。
ふりだしのようにスタート地点に戻れるなら戻りたい。
私がバイオレットだって。
先輩のお弁当を作ってあげるって。
先輩の笑顔を隣で見たいって。
先輩のことが好きだからって言いたい。
――でも、あの頃にはもう戻れない。



