六花はいつものように屯所の屋根の上で、月を眺めていた。
沖田と過ごす日々は楽しかった。
剣の稽古をする姿を見たり、隊士たちにちょっかいを出したり、沖田の膝の上で昼寝をしたり……。
このままずっと、こんな日々が続けばいいのに、と六花は思っていた。

――しかし、その夜、屯所の空気はいつもとは違っていた。

「敵襲だァ!」

突如響いた怒号に、屯所が騒然とする。
六花は驚いて飛び上がった。

「何事だ!?」

「攘夷派の連中か!?」

「総員、持ち場につけ!」

隊士たちが次々に刀を手にし、屯所の門へと駆け出していく。
六花は戸惑いながらも、沖田の姿を探した。

すると、闇夜の中で、刀を手にした沖田が静かに立っていた。

「……あぁ、めんどくさいなぁ。」

沖田はそう呟くと、すっと腰を落とし、敵の気配を探るように視線を鋭くした。
その姿は、普段のひょうひょうとした彼女とはまるで別人だった。

六花はその変化に、思わず息をのんだ。

「……六花、君はここで待ってて。」

沖田がぽんっと六花の頭を撫でる。

「……にゃ?」

「大丈夫。すぐ終わるから。」

沖田はそう言って、駆け出していった。
その瞬間――

血の匂いが、夜の空気に混じった。

六花は本能的にそれを感じ取った。

「……!」

六花は迷った。
このままここにいるべきか、それとも……?

――でも、沖田が戦っている。

そう思った瞬間、六花の小さな体は勝手に動いていた。
屋根の上を駆け抜け、戦場となった屯所の庭へと向かう。

そして、そこで六花が目にしたのは――

血まみれの沖田総司の姿だった。

「……ふぅ。やっぱり、ちょっと多かったなぁ。」

沖田は、倒れた敵の死体の中に立っていた。
彼女の着物には紅い血が飛び散り、右腕には深い刀傷があった。

しかし、沖田は涼しい顔で、無造作に刀を払う。

「まだ……いる?」

沖田の目が鋭く光る。

その瞬間、闇の中からもう一人、襲撃者が現れた。

「死ねェ!」

鋭い刃が沖田へと振り下ろされる。

六花の体が、反射的に動いた。

「にゃあ!!」

六花は全力で飛びかかり、その男の顔をひっかいた。

「ぐあっ!? な、なんだ猫――!」

その一瞬の隙を、沖田は逃さなかった。

「……ふふ。六花、ありがとねぇ。」

沖田の刃が、襲撃者の首を斬り裂いた。

男は悲鳴を上げる暇もなく、その場に崩れ落ちる。

「……にゃ。」

六花は血の匂いに、少し震えた。

「……六花、怖かった?」

沖田が血塗れの手で、六花を優しく抱き上げる。

「……大丈夫。僕は平気だよ。」

そう言って笑う沖田の瞳は、どこか寂しげだった。

その時、六花は気づいた。

沖田総司という人は、戦いの中でしか生きられないのかもしれない。

そして、その戦いは、いつか彼女の命を奪うかもしれない。

六花は沖田の腕の中で、小さく鳴いた。

「……にゃあ。」

「ふふ。六花は、優しいねぇ。」

沖田の血塗れの手が、六花の頭をそっと撫でた。

その夜、六花は誓った。

この人を、最後まで見届けよう。
どれだけ血に塗れても、どれだけ戦いに身を投じても。
この人の最期の瞬間まで、ずっと――。