それから数日が経った。

六花はすっかり屯所の一員として馴染んでいた。
沖田の部屋で眠るのはもちろん、稽古場では隊士たちの邪魔をし、炊事場では飯を狙い、屯所の屋根を自由に駆け回る。

「おい、六花!また飯盗み食いしやがったな!」

「こいつ……油断ならねぇ!」

「なんで沖田先生の猫はこんなに賢いんだ……!」

「うふふふ……六花は頭がいいからねぇ。ほら、皆さん。盗られないように気を付けないと。」

沖田がそう言うと、隊士たちは一斉にうなだれた。
完全に六花のペースである。

そんな平穏な日々が、ずっと続くと思っていた。

だが、その夜。

六花は、屯所の奥にある静かな庭に佇む沖田を見つけた。

「……にゃ?」

沖田は縁側に座り、ぼんやりと夜空を見上げていた。
いつもの笑顔はなく、その横顔はどこか儚げだった。

「……六花かぁ。」

ぽつりと呟く沖田の声は、まるで風に消えてしまいそうなくらい小さかった。

六花はそっと沖田の足元に寄る。

「……僕ねぇ、最近よく夢を見るんだよ。」

沖田は空を見上げたまま、ぽつりぽつりと語り出した。

「どこまでも続く真っ白な世界。何もない、誰もいない。ただ、冷たい風が吹いているだけの場所。」

六花はじっと耳を傾ける。

「そこに立っている僕は、何も感じないんだ。悲しくもないし、寂しくもない。ただ、静かで、冷たくて……何も考えられなくなる。」

沖田は淡々と話していたが、その瞳はどこか遠くを見つめていた。

「……ねぇ、六花。もし僕がいなくなったら、君はどうする?」

「……にゃ?」

「ふふ、そんな顔しないでよ。僕はまだここにいるよ。」

沖田はようやく笑ったが、それはどこか寂しげだった。

六花は、そんな沖田の袖を小さく噛んだ。

「……いたっ。」

まるで、「勝手にいなくなるなんて言わないで」とでも言うように。

「……ふふ、六花は優しいねぇ。」

沖田はそう言って、六花の背をそっと撫でた。

その手は、ほんの少し、震えていた。

その夜のことを、六花はずっと忘れなかった。

それが、沖田総司の“本当の姿”を垣間見た最初の瞬間だったから。

しかし、その時はまだ知らなかった。

この平穏な日々が、長くは続かないことを――。