リビングで一人座り、ノートパソコンで課題の作業をしていると江口先輩は私に声をかけてきた。
「美奈、ちょっと話があってさ、ここじゃちょっと」
「ええと、じゃあどちらかの部屋に……?」
江口先輩は私の言葉に複雑そうな表情を浮かべた後、「まあいいか、じゃあ俺の部屋で」と案内された。
ソファーに座らされ、ニコニコの満面の笑みで私の方を見る。
「……もう俺のことは好きじゃないんだっけ」
「そうですよ、何度もいってるじゃないですか」
「どうあっても?」
――どうあっても、とは。
「それならせめて瑛太が好きだって、認めなよ」
「違います」
「残念だけど、傍からみても、すぐわかる」
動揺が伝わってしまっただろうか。必死で隠していたはずだし、絶対にバレないはずだと――そう思っていたのに。
「なんで気持ちをいわないの? フラれるのが怖い?」
なんでいわないの……?
なんで、って?
その言葉が私の頭の中をぐるぐると回り続ける。
どうして、告白する必要性があると思うのだろうか。
動かない、いや動けなかった。
私の頭の中では、凄まじくたくさんの感情が渦巻いていて。そして。
「瑛太は好きなヤツいるよ。そいつと付き合ってもいいの?」
先輩に投げられたその言葉に、私は雷に打たれたような痛みが私を襲う。
――知らなかった。全く、気づかなかった。
私はユキちゃんの言葉を思い返す。
『告白する子も多いけど、のらりくらりとかわされて』
……彼の心の中にはすでに好きな人がいて、その人がいるから――だから、誰にも……?
あの時、震えていたのも。
怖がって、いえないと切なそうに嘆いていたのも。
そうだ、その可能性もあったのに、どうしてそこに至らなかったのだろう。
いや、考えないようにしていたのかもしれない。
その言葉の端からわかりそうなことなのに。
涙も言葉も呑みこみ、胸が締め上げられるほどの悲しみが襲う。
息が止まり、むせび泣いて狂い泣いてしまいそうなほどの。
「……清水くんが好きになったのなら、きっととても素敵な人なんでしょう」
私は震える唇でそれだけをいうのが精一杯だ。
ソファーから立ち上がって、部屋を出ようとした。
覚悟している。……もう、覚悟しなければ。
――自分で選んだのだから。
ドアノブに手をかけた私に「今度は諦めるのか?」と、江口先輩は後ろから声をかける。そして、そのまま詰め寄ってきてドアノブを持っていた手をガシリと掴んできた。
「……諦める? どうして今さら、そんなことをいうんですか! 今さら、どうして!」
望みを捨てた私に、もう一度持てと?
一番最初に私に望みを捨てさせた人が!
「告白して、こっぴどくフラれろっていうんですか……!」
静かな怒りが揺らめきそしてこみ上げる。
この世で最も残酷なことをいう。
胸が重苦しく軋みそして痛む。
怒りで血が煮えたぎりそうだ。
私にもう一度苦しめと?
鋭利な刃物を喉元に突きつけ、さあこれで死ねと、そういうのだろうか。
心から好きな人を――ただ傍で見ているだけでいいと、私はそれだけを望んでいるのに――? 私から、その願いすらも奪おうとするのだろうか。
江口先輩は腕を伸ばし私の両肩を掴んできた。力強く、何かを言い聞かせるように。
「瑛太はそんなヤツじゃない、好きじゃないと付き合わない。俺もだ」
「それなら」
この恋心は眠らせたままで構わない、私は。
「好きな人がいるなら……清水くんを、心から、全力で応援します。もう十分なんです、それが私の形です。放っておいてください!!」
今度こそ私は泣いていた。
強制的に決定打を打たれたこの恋に。
たとえ相手が私でなかろうと、それは構わない。心から好きな人が――清水くんが幸せならば、これ以上私に望むことはないのだから。
「……《《78点》》だ。瑛太が、いや瑛太と付き合わないなら、俺と付き合えばいい」
一瞬、江口先輩のいっている意味がわからなかった。
とても泣きそうな顔をしていて。
どうしてと。
「代わりに、俺が」
いまさら点数など何の意味もない。だって――
「私は」
思い切り首を振る。
――私の心の中にはたった一人しかいない。
「清水くんが好きです。清水くんじゃなきゃ――ダメなんです」
肩の手を掴み離し、キッパリと、まっすぐに見据えて。
彼の代わりになる人など他にいない。
――それは例え過去に好きだった、江口先輩であったとしても。
「それなら」
そういって、江口先輩は私の腕をぐい、と掴んだ。
言い聞かせるように、私の目を真剣に見て、苦しそうに。
「《《100点だ》》。あんたに100点やる。もう二度と誰にも、誰に対しても点数をつけないと約束する。だから、この点数はこれきりだ。俺が満点をやるんだ。だから、自信を持て。堂々と胸を張って――瑛太のところへ行ってこい」
「でも――」
私はそのままドン、と背を押されるように江口先輩の部屋を追い出された。
締め出される直前のドアの隙間から、先輩が見える。彼はあふれる涙をこぼし、泣いていた。でも口元はほころんでいて――とても嬉しそうな顔をしていて。
廊下でぼんやりと立ち尽くしていると、真後ろに誰かの気配を感じた。
振り返るとそこには、
頬も耳も顔すべてを真っ赤にした、清水くんが――……
「美奈、ちょっと話があってさ、ここじゃちょっと」
「ええと、じゃあどちらかの部屋に……?」
江口先輩は私の言葉に複雑そうな表情を浮かべた後、「まあいいか、じゃあ俺の部屋で」と案内された。
ソファーに座らされ、ニコニコの満面の笑みで私の方を見る。
「……もう俺のことは好きじゃないんだっけ」
「そうですよ、何度もいってるじゃないですか」
「どうあっても?」
――どうあっても、とは。
「それならせめて瑛太が好きだって、認めなよ」
「違います」
「残念だけど、傍からみても、すぐわかる」
動揺が伝わってしまっただろうか。必死で隠していたはずだし、絶対にバレないはずだと――そう思っていたのに。
「なんで気持ちをいわないの? フラれるのが怖い?」
なんでいわないの……?
なんで、って?
その言葉が私の頭の中をぐるぐると回り続ける。
どうして、告白する必要性があると思うのだろうか。
動かない、いや動けなかった。
私の頭の中では、凄まじくたくさんの感情が渦巻いていて。そして。
「瑛太は好きなヤツいるよ。そいつと付き合ってもいいの?」
先輩に投げられたその言葉に、私は雷に打たれたような痛みが私を襲う。
――知らなかった。全く、気づかなかった。
私はユキちゃんの言葉を思い返す。
『告白する子も多いけど、のらりくらりとかわされて』
……彼の心の中にはすでに好きな人がいて、その人がいるから――だから、誰にも……?
あの時、震えていたのも。
怖がって、いえないと切なそうに嘆いていたのも。
そうだ、その可能性もあったのに、どうしてそこに至らなかったのだろう。
いや、考えないようにしていたのかもしれない。
その言葉の端からわかりそうなことなのに。
涙も言葉も呑みこみ、胸が締め上げられるほどの悲しみが襲う。
息が止まり、むせび泣いて狂い泣いてしまいそうなほどの。
「……清水くんが好きになったのなら、きっととても素敵な人なんでしょう」
私は震える唇でそれだけをいうのが精一杯だ。
ソファーから立ち上がって、部屋を出ようとした。
覚悟している。……もう、覚悟しなければ。
――自分で選んだのだから。
ドアノブに手をかけた私に「今度は諦めるのか?」と、江口先輩は後ろから声をかける。そして、そのまま詰め寄ってきてドアノブを持っていた手をガシリと掴んできた。
「……諦める? どうして今さら、そんなことをいうんですか! 今さら、どうして!」
望みを捨てた私に、もう一度持てと?
一番最初に私に望みを捨てさせた人が!
「告白して、こっぴどくフラれろっていうんですか……!」
静かな怒りが揺らめきそしてこみ上げる。
この世で最も残酷なことをいう。
胸が重苦しく軋みそして痛む。
怒りで血が煮えたぎりそうだ。
私にもう一度苦しめと?
鋭利な刃物を喉元に突きつけ、さあこれで死ねと、そういうのだろうか。
心から好きな人を――ただ傍で見ているだけでいいと、私はそれだけを望んでいるのに――? 私から、その願いすらも奪おうとするのだろうか。
江口先輩は腕を伸ばし私の両肩を掴んできた。力強く、何かを言い聞かせるように。
「瑛太はそんなヤツじゃない、好きじゃないと付き合わない。俺もだ」
「それなら」
この恋心は眠らせたままで構わない、私は。
「好きな人がいるなら……清水くんを、心から、全力で応援します。もう十分なんです、それが私の形です。放っておいてください!!」
今度こそ私は泣いていた。
強制的に決定打を打たれたこの恋に。
たとえ相手が私でなかろうと、それは構わない。心から好きな人が――清水くんが幸せならば、これ以上私に望むことはないのだから。
「……《《78点》》だ。瑛太が、いや瑛太と付き合わないなら、俺と付き合えばいい」
一瞬、江口先輩のいっている意味がわからなかった。
とても泣きそうな顔をしていて。
どうしてと。
「代わりに、俺が」
いまさら点数など何の意味もない。だって――
「私は」
思い切り首を振る。
――私の心の中にはたった一人しかいない。
「清水くんが好きです。清水くんじゃなきゃ――ダメなんです」
肩の手を掴み離し、キッパリと、まっすぐに見据えて。
彼の代わりになる人など他にいない。
――それは例え過去に好きだった、江口先輩であったとしても。
「それなら」
そういって、江口先輩は私の腕をぐい、と掴んだ。
言い聞かせるように、私の目を真剣に見て、苦しそうに。
「《《100点だ》》。あんたに100点やる。もう二度と誰にも、誰に対しても点数をつけないと約束する。だから、この点数はこれきりだ。俺が満点をやるんだ。だから、自信を持て。堂々と胸を張って――瑛太のところへ行ってこい」
「でも――」
私はそのままドン、と背を押されるように江口先輩の部屋を追い出された。
締め出される直前のドアの隙間から、先輩が見える。彼はあふれる涙をこぼし、泣いていた。でも口元はほころんでいて――とても嬉しそうな顔をしていて。
廊下でぼんやりと立ち尽くしていると、真後ろに誰かの気配を感じた。
振り返るとそこには、
頬も耳も顔すべてを真っ赤にした、清水くんが――……


