【完結保証】シェアルームには私を振ったアイツがいる

 部屋のノックが響き、ドアに向かって「はい」と返答をした。誰かを確認する前に、扉が開かれ江口が部屋へ入ってくる。

「どうかした?」

 問いに答えぬまま、江口は俺の真横に座る。お互い気の置けない関係だから、その点は構わないけれども。江口はニヤリと楽しげにしつつ、肩に手を置いた。何だ?と思っていたら

「瑛太ってさぁ、料理してるよね? 最近。美奈ちゃんと」
「けっこう楽しいよ。作れば食費も浮くし」
「そうなんだ。楽しい、ねえ」
「どうかした?」

 それは、わざわざ部屋にきて話すことか?

「いや、別に。じゃあさ、オレもやってみようかな」

 江口の急な提案に、言葉に詰まった。先日までは面倒だとかいってたのに、意味がわからない。

「……どうして急にいうんだよ」
「え? 今、自分でいってたじゃん。楽しいし、食費浮くって。それならさ、オレも『美奈ちゃん』に教えてもらって――」
「駄目だよ」
「どうして?」
「いや、その」

 ――どうして? 自分でも反射的にいってしまった。いまの大塚さんは、まだ江口に苦手意識がある。それどころか、男性そのものに。まだ早いと思う……うん。何かが心の奥で引っかかり続けているけれども。

「美奈ちゃんって料理上手い?」
「上手いよ」
「オレも食べてみたいな、頼んだら食べさせてくれるかな」

 江口の意図が読めない。そもそも、別に大塚さんじゃなくたって、いいはずじゃないか。頼むんだったら、他にいくらでも相手が……

「うまくなったら、俺とやればいいじゃん」

 江口に返すのはそれが精一杯だ。こっちの言葉に江口はふうん、というと、肩に手を置かれた。妙に食いついてくる。

「まぁ、だからさ、オレがいいたいのは美奈ちゃん、ってカワイイよな? ってこと」

 ……過去に彼女をフッた奴がなにを。思わず眉をひそめてしまった。意外な反応だと思ったのか、じっとこちらに顔を向けたままで。

「何が言いたいのかわからないな」
「ほら、お前と仲いいからさ。どうなの実際。気に入った?」

「良い訳じゃない、仲の良さなんて普通で……飯田さんと一緒くらいだし。料理を教えてもらってるだけの――だから、持ちつ持たれつの関係」

「……いつも通りだって? じゃあさ瑛太、彼女は何点?」 

「俺は基本的に採点しない。誰相手でも。江口は何点っていいたいの?」

「5点かなあ」

 回答に再び眉をひそめてしまう。

「かわいい、っていう割には低いな……」

 しかも、相当に。
 聞く分にはこれまでの最低記録かもしれない。

「だって、話しかけても微妙じゃん。逃げるし、声が小さいし、ハッキリしないし、うじうじしてさ」

……事情を知らないからだろう、といいたいが知られたくはないかもしれない。彼女の名誉のために黙っていよう。それに、そこは克服しようと努力している途中だ。

「……仕方ないだろ、男性が苦手なんだってさ」

「だから、そういう(てい)で誘って、瑛太が狙われてるんじゃないの? って話」

「それは絶対にない。あり得ない」

 むしろ、という言葉を飲み込む。

 ――彼女は江口のことをまだ好きなんじゃないのか。だから――

 そんな気持ちが胸の奥で渦巻く。

……でも、それなら。
 どうして、江口が好きだったんだろうか。 

 様々な疑問が脳裏に浮んでは消える。
 
「なんだ、お前に彼女ができて面白くなるかと思ったのに」

「それより自分だろ」
「俺は78点以上の子を探してるし」
「78点以上を見たことないけど」

 理想が高くて、と誤魔化された。
 そうだ、江口は一度だけ、べろべろに酔った後にいっていた。

『心から好きだって、そう思える、そういってくれる――そんな子が、いたらいいのに』

 その後、酔いが覚めた後に誤魔化したけれども恐らく、江口の本音だろう。

 78点じゃないと付き合わない、もただの女避けであって、本音では探しているんだろう、恋焦がれる相手を。どうしようもなく好きだといえる相手を。

  そんな人がいるだろうか?


 江口が100点をつけるのはどんな状況で――

 そして、それはどんな子なのだろうか。