◆◆◆
「……ねぇ杏奈」
「んー?」
「華道界の貴公子って知ってる?」
登校早々に、課題のやり忘れに四苦八苦している杏奈へ後ろから問いかければ、杏奈はペンを置き振り返った。
「華道界……ってあれでしょ?鼓椿冴くん。勿論知ってるよ。去年の入学時、結構女子に騒がれてたから。知らない人は少ないんじゃないかな?」
去年──と言うことは、貴公子は二年生か。まさかの年下だったとは。上にも思えなかったけど。……と言うより、入学時に騒がれてたとか全然知らないのは私だけなんだろうか。
「なにーなにー?詩姫、貴公子のこと気になるの?」
恋愛絡みの話だと勘違いしているのか、杏奈は目を輝かせてきた。
「なわけないでしょ。ただ昨日、旅館の花を生けるって、挨拶に来ただけ」
「ああ……なーんだ納得。詩姫の旅館、鼓さんのお家と付き合い長いんだもんね」
「そうそう」
ひとりで期待してひとりで肩を落とし、再び課題に向き直る杏奈。その背中を見つめながら、私は息を吐いた。



