「シャオちゃんは?怪我」
「かすり傷くらい。へっちゃら」
「そっか」
綺世の問いかけに返る声が、心做しか私に向けられたものよりずっと軽いようで。
彼女が強ばった表情を見せるのは亜綺くんと私──つまり、私たち二人に対する罪悪感が彼女をそうさせているのだと。
「…」
気にしなくていいよと
心の底から明らかに
この時、そう言えたらよかった。
「紅茶かコーヒー」
数分後、亜綺くんの手当を手際よく終えたスズちゃんが、背を向けたままそう告げる。
一瞬、それが自分に向けられているものだと気が付けなかった。
「…え?私?」
「うん。どっちが好き?」
「紅茶、かな…」
「オーケイ」
キッチンらしき場所へと消えてゆく。
後ろ姿を、ぼんやりと眺めて考える。
(…日本語、上手だよね)
世界でも有数の難度を誇るこの国の言語を、何不自由なく使っているように見える彼女。
生まれはどちらなのか。
どこで過ごした時間が長いのか。
お父さんとお母さん、どちらが中国の人なのか。
色々聞いてみたかったけれど、どの他愛ない質問すら私が聞くには烏滸がましいような気がした。
悶々とする私の前にティーカップが届く。
ガラス張りのローテーブルの上、ほとんど音は立たない。
「一年の大体、日本にいるから」
「…え?」
「日本好きだし。私」
「えっと…」
と、彼女の給仕スキルに感心している私に
やはり目の合わぬまま、言葉だけが届く。
なんとなく、鋭利な。
「“なんでそんなに日本語ペラペラなの”」
「え、あ、いや」
「そんな顔してる」
フっと緩んだ横顔が言う。
私の方は完全に虚をつかれ、なにも返せずに。
「…顔に書いてある」
「…書いてないよ」
「あはは」
親しげな笑い声すら上手く耳に入らない。
目が合わないのだ。本当に、一秒も。
思い切ってスズちゃん、と私が呼べば
「スズでいいよ。ちゃん付けられるの苦手で」
その視線は紅茶ヘと落とされる。
どうしよう。
何か、何か言いたいのに。
「…小夜で、良いよ」
「そう?わかった」
言葉が詰まって。
まとまらない思いが。
私の視界を霞める。
結局
出された紅茶には手をつけられなかった。
