そっと、視線を彼女に合わせる。
声だけでも十二分に伝わった。
綺世は本気だった。
本気で私を心配してくれていた。
きっとだからこそ同時に、本気で怒ってもいたのだろう。
「…ごめん」
「…サヨちんに怪我させたら、ママに合わせる顔ないよ、私」
私にしか聞こえない小さな声。
綺世はこの中で唯一、私がここに来るまでの経緯を知る人物。
「死ぬまで生きて私と友達するの」
「なにそれ」
「約束ね」
「…うん、わかった約束」
小指が繋がる。
非力な私を包み込むように
綺世の暖かさが固く、私に絡みついた。
「──てかスズは?」
「手当のやつ取りに行ってる」
「そ」
彼女の熱がゆっくりと私を離す頃
なんの気なしと綺世に問うた亜綺くん。
彼の言葉で思い出す。
そういえば、スズちゃんがいない。
「“アイツ”は?」
「コンビニ。入れ違ったんじゃない?」
「げ、いんの」
「嫌がってやらないの」
“アイツ”
私たちと入れ違いになった“アイツ”。
(…誰だろ)
朧の人だろうか。
もしかしたら。
あのTigerの。
「…」
体内温度が上がっていくのを感じた。
微かな期待を胸に閉じ込める。
「──いらっしゃい」
と、そのとき
聞き覚えある高く澄んだ声が、私の意識を現実へ連れ戻す。
「…スズ、ちゃん」
「…いらっしゃい。小夜ちゃん」
何かに引き寄せられるように目が合った。
向き合った彼女の瞳は、私を映して揺れている。
「…怪我、してない?」
「…うん。ないです」
「………よかった」
薄い唇から息が漏れる。
作り物のような美顔に不器用な微笑みを貼り付けたまま、今度はその視線が亜綺くんの方へと移った。
「…怪我は」
「大したことねえよ」
「…応急処置だけしとくから」
『アキ!』
薄暗い路地裏。
一人必死にもがいていた彼女の姿が、脳裏に浮かぶ。
芯まで震えた、甲高い叫び声。
小さな身体。華奢な手足。
纏う空気の温度感。今とはまるで別人だった。
(…冷たい)
私をその目の奥に捕まえて
哀しい色が揺れていて。
その背中になにかひとこと言いたくて、伸ばしかけた手が空を切る。
なにか
『悪くない』
『貴女は何も悪くない』
浮かんだ言葉が、あまりに薄っぺらすぎるように気がして。
