冒頭に戻る。
「なんで?なんで綺世?」
「なんでって…亜綺ちゃんに呼ばれたんだよ」
「いた方がいいだろ。な?小夜」
どうやら亜綺くんが私に気を遣ってわざわざ呼び寄せてくれたらしい。
ナイスアシストだよなと笑う彼はなんだかとても悪い顔をしていて
嬉しいはずなのに憎らしい、複雑な表情が完成する。
「…“小夜”?」
「…ん?」
「亜綺ちゃん」
「何」
「…距離近くない?」
「は?なにが」
「なんで呼び捨てなの」
機嫌の悪そうな低い音。
私が、初めて耳にする綺世の声。
「…んだよ、先に“亜綺くん”っつったの小夜だし」
「……サヨちん?」
「は、はい」
鋭い眼光が私を捕らえる。
綺世は怒ると怖いのだ。胸に刻む。
「なんにもされなかった?」
「なっ、も、もちろん」
「…亜綺ちゃん」
「なんだよ」
「鼻まで折られたくなかったら正直に言って」
「…物騒だよお前…別になんもしてねえって…」
「…ふーん」
「利き腕イってんのに手出せっかよ」
「イってなかったら?」
「…しねえって」
亜綺くんの鼻頭に細い人差し指が一本、添えられる。
先程、ヤンキー十五人相手に圧していた亜綺くんが。
なんとも珍妙な光景に純粋に感心し二人を見つめる。
(…こう見るとそっくり…)
呑気にそんなことを考える。
と
冷たい目で亜綺くんを一瞥した綺世が、そのまま私に向き直る。
“標的変更”
漂う空気が告げていた。
「──皆瀬サヨちん」
「う、うん」
「亜綺ちゃんとシャオリンから、だいたい聞いたけど」
「──シャオリン?」
“亜綺ちゃんとシャオリン”
綺世はやはり怒っているようだったけれど
聞き覚えのない、明らかにこの国のものでないその響きに一瞬、意識が釘付けになった。
すかさず亜綺くんが説明を挟む。
「あ、スズのことね。アイツ本当はシャオリンって言うんだ」
「本当は、って…」
「中国と日本のハーフだから。二つあんだよ、名前」
ちなみに日本名は吾孫 小鈴(アビコ コスズ)、
中華名が孫 小鈴(ソン シャオリン)。
なるほど、中国とのハーフ。
中華美人の面影を思えば、彼女の美貌にも納得が行く気がした。
「…どっちで呼べばいいの?それ」
「んー……今は一旦スズでいいと思う」
苦笑を貼り付ける亜綺くんに違和感を覚える。
“今は一旦”、スズちゃんの方がいい。
どういうことなのか、考えようとして。
なんとなく、やめた。
「今は、スズちゃん」
「ちょっと面倒臭いんだ、アイツら」
当たり前だけれど
部外者である私に線が引かれる。
(…そりゃそうか)
意地悪とかじゃなくて
本当に、当たり前に。
「…そっか」
居心地悪いな。
そんなことを思った自分に気がついて
それがひどく、不恰好だと思った。
「…でさ」
「…」
「ちょっと、危なっかしすぎるよ」
「、あ、綺世…」
「怪我無かったのだけが幸いかな」
「…うん」
「二度と、こんなことしちゃダメだよ」
