「うそでしょ…」
帰った?
ほんとに?この状況で?
彼の怒りはごもっとも。その元凶が自分であることにも納得している。けれど
仮にも彼を助けようと行動した私を置いていくことは無いんじゃないかという気がする。
何も言わず立ち去るのはあんまりではないだろうかと。
「…」
でも。
(そっか。不良だもんな、あの人)
珍しい速さで頭が回った。
あれやこれやと考えを巡らせ
当然だけれど、答えは出なくて。
ペタリと縁石に座り込む。
「…どうしよ、ほんと」
目の前の単車に目を向けた。
「…私、これで公道走ってたんだ」
派手な塗装に後付けのカウル。
シートがバッタのお腹にしか見えない。
改めて思う。
「…」
住んでる世界。
吸い込む空気も、吐き出す言葉も。
何もかもが
私とは違う。
「…」
結さん。
『また来てね』
約束、守れそうにないです。
耐えきれずアスファルトに落ちた涙がシミになった。
項垂れる私を
「──泣いてんの?」
柔らかな笑みが覗き込む。
「…へ…」
硬直する私に、彼が可笑しそうにまた笑った。
「お前、名前は?」
「あ、亜綺くん…」
「それ俺のね」
優しい声が耳をつく。
右手で差し出されたものを、躊躇いながら受け取った。
「これ食って泣き止んで」
「…あ、りがとう…」
手触りのいい紙包みを開く。真っ白い生地が中からそっと顔を出す。
彼──亜綺くんは自分で持っていたブラックコーヒーの蓋を開け、まだ下がりきらぬ口角で、可笑しそうに私に告げた。
「あんまんしか残ってなかった。ラスイチ」
その言葉になのか、存外優しい笑顔になのか。
分からないけれど安堵する。
(よかった…)
温かいこし餡を頬張って
私は、心底安堵した。
「…小夜です」
「サヨ?」
「うん。名前、小さい夜で、小夜」
「…もしかして、綺世知ってる?」
「あえっと、うん」
へえ、と呟いて私の隣に腰掛ける。
ふわりとした栗色の髪とキリリとした切れ長の目。中性的な横顔が、やはり綺世によく似ていた。
「綺世は俺の妹」
「…やっぱり」
「知ってた?」
「結さんに教えてもらった」
アキって名前の、お兄さんがいるって。
「なに、結まで知ってんだ?」
「さっきまでお店にいて」
「へえ、そっか」
「うん」
