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『皆瀬 小夜、モーターレース引退か』
『カワモトバイク社長独占インタビュー』
「…はあ」
液晶から目を離す。
“皆瀬小夜”と“引退”のキーワードを検索欄に打ち込んだ結果、六件の記事がヒットした。
止まらない指先。
芸能人って常にこういう気分なのかな、と呑気に思う。
「──顔怖、なにしてんの」
「…なんだよ悪いか」
「なんだとはなんだ、世界で一人の片割れに」
「じゃあ世界で一人の片割れ。私を慰めて」
「なにまだエゴサしてんの?お前も懲りねえな」
軽い口調が嘲り笑うような柔い音を運ぶ。
それだけのことでなぜか心が落ち着くような感じがした。
そう。止まらない指先は、後悔してなお皆瀬小夜の文字を打ち続けている。
エゴサーチ。
ここ一週間、私の生きがいとなりつつある俗行為。
「んなもんほっとけよ」
「『残念。小夜ちゃん応援してたのに』、『怪我で引退か。期待外れ』、『川本会長の愛弟子なんだろ。今までの皆瀬小夜の功績は出来レース』、
『誰か知らんが結構可愛くて草』」
「ツイッター?」
「うん」
「何件?」
「…両手に収まるくらいだけど」
「ほらな。誰も分かんねえよモーターレースとかレーサーとか。よく分かんねえ女性騎手の日常記事のがまだ訪問者多いだろ」
「言葉には気をつけろ!私傷心中!」
#皆瀬小夜
#カワモト
#引退
彼の言う通り、プロと言えど大して知名度もない私の引退騒動に、わざわざ食いつくような人間はそう多くない。
ヒットした数件の記事のコメント欄を行き来する毎日。コメントも最早暗記済み。
分かっている。
分かっているけれど、私だってあの場所が好きだったのだ。
私なりに愛していた。バイクを。サーキットを。
その私を心から応援してくれていた人だって居たのだ。たしかに、何人かは。
「らしくねえの」
「…分かってるよ」
「んな顔すんなら辞めなきゃ良かっただろ」
「…うるさい」
皆瀬 小夜、17歳。
私には
“世界最速のJK”という異名がある。
