これまで見てきたどんなレーサーより高慢な走りだと思った。
高慢で。
それでいて、なによりも鮮やかな。
「…綺麗」
心の底からそう思う。
自分の走りしか信じてこなかった私の初めて経験する、他人への“畏怖”だった。
――『TRIUMPH Tiger 800』
中古車でも七桁を軽く超えるという。
800という排気量からは想像もつかぬほど軽い、羽のような走りを見せる天下一品のバイク。
かつて一度だけ、川本さんに乗りたいとせがんだことがある。
当然、レーサー『皆瀬 小夜』を走らせてくれていたのはカワモトだったので、他メーカーの看板商品を跨ぐなどあってはならないことだったけれど。
でもだからこそ。
私の手が届かなかったからこそ記憶が鮮明だという話でもある。
…いや。
まさか、Tigerがこんなところにいるなんて。
驚愕している理由はそれで。
尤も。そのTigerの主人に驚かされているのだ。私は。
途轍もないスピードで道を上ってゆく
その虎と主に。
喫茶店から200メートルほど先。
闇の中、不気味に照らし出された交差点。
私の位置からははっきりと見えなかったけれど
一つだけ、分かったのは
一頭の“虎”が見せた演舞。
それが
真冬の凍った空気を、いとも簡単に動かしてしまったこと。
「——えっ、うそ回った!?」
「うそ…」
「一回転した!絶対した!!」
再び上がる大きな声援。
それに後押しされるように、集団が動き出す。
ふと視線を交差点へ戻すとタイガーはそのまま停止していて
数十の単車が、彼を見事に避けながら走り去る。
今度はスピードをあげるらしい。
