「──あ、綺世」
そう呟いた結さんの声につられて視線を戻す。
火魔紅羅殿のすぐ後ろ。
彼女が率いる『忍』は
漆黒を背に桜色の一文字を掲げる。
まるで、闇に咲き誇る桜の木。
舞い落ちる花びらが、踊っている。
「おうーい」
結さんが窓から身を乗り出すと
綺世の顔がゆっくりとこちらを向いた。
大きな声が返ってくると思って構えた。
彼女のことだからきっとそうだろうと。
しかし、こちらに手をヒラと振り
私と結さんを笑顔で一瞥したあと
淡と視線を前に戻して、静かに去っていく。
その光景に思わず瞳孔を開いた。
拍子抜けとでも言おうか。
「…どうかした?」
「…あの、なんていうかこうもっと、ガッツリ『サヨちん〜』って叫んでくるんだろうなって思ってたから」
「ああ、なるほど」
「なんかかっこよくて、驚いて」
「あはは」
結さんがそのまま教えてくれる。
彼等が行う『流し』という行為は法からはみ出しているので、本来目一杯に気遣わなくてはならないことがある。
『警察』。
捕まらないようにしなくちゃね。と彼は笑う。
その笑顔に
私は体の底から寒気がした。
「捕まる、ことも」
「ん、ああ。あるよ」
「…」
「警察も、こんな大勢集まってくるとこを大量検挙に来たりはしないんだけど。ずっと張ってはいるからね」
「…」
「捕まれば、もちろん年少行き」
「…年少、」
「『少年院』」
「……、」
「出てくるのにかかる時間もそれぞれだな。経験上」
「…」
「綺世だって、呑気に手振ってられない」
頭だから、尚更。
「、」
何も返せない。
そんな私を見て、結さんは口角を上げた。
それは
嘲笑にも見て取れる笑みだった。
「…話しすぎたかな」
