「僕は、君の走りが好きだよ」
この人は。
「他を寄せつけない圧倒的なスピード。君の走りを見たあと、風の流れすら止まって見えるようだった。
なのに君が、まるでそのバイクごと自分の身体の一部みたいに転がすから、思わず息を呑んだんだ」
遠い目をした彼が告げる。
──この人は初めて、私を見つけてくれた人だ。
道端でひっそりと風に憧れていた幼い頃の私を、広い世界へ連れ出してくれたのは彼だった。
「…」
「…小夜ちゃん」
なにも言えなくなったのは、気が付いたから。
彼になにも返せていないことに
気が付いたから。
「君がバイクに出会って、この世界にのめり込んで、あっという間に頭角を現して。気づいたら先頭を率いてた。
この10年、君の成長を一番近くで見せてもらえて。堂々とした、それでいて誰よりも野心家な君の背中は、僕の誇りで、生涯大切にしたい宝物になったんだ」
