まさか。
呆けた表情で口をパクパクさせる私に
結さんが突きつけたのスマホの画面。
見慣れた題の、スポーツニュース。
『皆瀬小夜 引退』
一週間にわたるエゴサーチの賜物か。
煌々と光るその画面を直視しても、もう色々と大丈夫だなと思う。
何が大丈夫なのかは自分でもよく分からない。けど。
大丈夫。
だってこの人は、私のことを哀れんでなんかいない。
「そうだよね。本人だよね」
「…いつから」
「名前聞いてすぐ。どっちかっていうと、綺世が知らないことのほうが衝撃だったよ」
ま、モーターレースも
マイナーな分野だし、あれだけど。
「『彼女の走りは、若さゆえの泥臭さが一切ない。それをよくは思わないファンも多いだろうけど、青い速度に頼ることのない誠実さが、自分はとても好きだ』って。父が」
「あ、あありがとう、ございます」
「俺もバイク好きなんだ。昔からね」
ただ
「ガキの頃からバイクに乗る人間なんて腐るほど見てきたし、数打てば巧い奴だって居たけど」
どこか遠くを見るようにそう話す結さんの発する言葉一つ一つが、自分に向けられているものだとは到底思えない。
こんなの、はじめて。
「初めて見惚れたよ。誰かが操る単車に」
「…、」
軽かったよねえ。君と相棒の共鳴は。
羽みたいだったね。
あ、これだ。これがしっくり来るね。
「あ、あの、えっと」
さきほどまでとは打って変わって饒舌に語り出す。
彼の嬉々とした表情。
私を知ってくれている人。
私のバイクを、愛してくれていた人。
