「…ロンさん」
「ん?」
「…私、本当に来てよかったですか」
「うん」
「…そっか」
「…どうした?」
「ううん……なんでもない」
怪訝そうにこちらを振り向くロンさんは、回そうとドアノブにかけた手を引っ込めた。
私は口を結んで
良かったならいいんですと、繰り返す。
「ありがとうって言いたくて」
「何回も言ってくれてるよ、サヨちゃん」
「ううん。そうじゃなくて」
そうじゃなくて。
ちゃんと。
もっとちゃんと。
「私を見つけてくれてありがとう、って」
道端の石ころみたいな存在の私を。
朧げな月明かりが優しく照らしてくれた。
だから私は此処に居る。
今
新たな一歩を踏み出そうとしている。
「私、朧で走ります」
走る目的は
レースとかタイトルとか、そんなに大したものじゃなくていい。
好きだから走りたい。
結さんが言ってくれた。
私ならこの街の風向きを変えられる
少しくらいは、自分を信じてやってもいいのかもしれない。
「ご指導ご鞭撻のほど、どうかよろしくお願いします」
「…喜んで」
ロンさんは笑った。
うんと優しく。
開いたドアに、私はしっかりと一歩を踏み出した。
「ようこそ」
──朧へ。
