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「おはようサヨちん」
「おはよ」
教室に足を踏み入れる。
と同時に、私の耳に一つの声が滑り込む。
「あれサヨちん、前髪切ったね」
「あそう、わかる?」
「うん。前より良い」
ありがとう、と私は彼女に緩く笑い返す。
私をどうやら褒めたらしい、色の無い声。
褒めていながら
いつにも増して興味なさげな音を奏でた気がしたが。
女声にしては低く感じるその声が好きだ。
出会って間もない私を『──ちん』なんて付けて呼ぶその根性も。
──笠原 綺世。17歳。
この学校において、私が唯一友達と呼べる人物。
すっかり色の抜けた頭髪。
伸び切った爪と、ほんのり色づいた唇。
右耳に控えめに乗る小さなピアスは、本物のサファイアなのだという。
極めつけは彼女の羽織る上着。
──『八代目総隊長』
純白の右腕に刻まれた丁寧な文字。
それを隠すこともせず
まるでただの防寒着だとでも言わんばかりに涼しげに。だが此処の教員、頑なに彼女を注意しようとしないのだ。
聞けば
「以前に『ママのお古だ』と言ったら納得してもらえたことがある」とのことなのだが。
…いやそんな馬鹿なことがあるのか、と
そう思ったのは、多分私だけ。
余所者だから。
私だけ。
──暴走族
頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。
