「芽流、おはよう!あ、あとるいもおはよ!」
「俺の圧倒的オマケ感やめろよ…」
「アオ、おはよう!やっぱまだこのクラス慣れないよね」
「無視、??」
アオ。俺の女友達。まあ実際は腐れ縁みたいなものだ。
でも、芽流とアオは親友同士で、何でも言い合える仲だ。
これは芽流の彼氏としても仲良くしていかなくちゃダメだから、まあ仕方なく友達としてやらせてもらっている。(ただの言い逃れかもしれないけど)
ボーイッシュで芽流よりも高身長、加えて顔もいい。男の俺よりもカッコよく見えるのが、前から何かと気に食わないのだ。
女子たちからは「気取ってなくてカッコいい」とか、「ぶりっ子じゃないし最高」とか。
アオへの人気ぶりは凄まじいものであり、遂には俺の人気も越してしまいそうなほど。
ちなみに俺は、クラスでは一軍並みの地位に位置している。そこそこコミュ力はいいから、人気者と言っても過言ではない。
教室ではほとんど芽流と一緒にいるせいか、最近は俺の人気ぶりも少しずつ落ちつつある。
でも、それはどうでもよかった。芽流と一緒にいられるだけで、俺は幸せなのだ。
一軍とか、人気とかどうでもいい。むしろ、芽流が存在しているだけで、人気を気にせずに生きることができている気がする。
「アオ、今日のメニューなんだっけ?」
アオは、俺が所属している男女合同テニス部の部員でもある。
仮入部の時、俺と考え方が合い、そのまま一緒に入部した。その時に芽流も誘ったが、「難関高校に受験するから勉強しないと」と言われ、しぶしぶ二人で入ったのである。
「あー、なんか昨日先輩が言ってたよね。筋トレ多めかなぁ」
「うえぇ、筋トレかぁ…キツイなぁ」
「まあ、るいなら出来るんじゃない?努力家だし。頑張って!」
芽流に筋トレのキツさを何も知らないような顔で言われるから、「そういうことじゃないんだよなぁ…」と苦笑いしてしまう。
三人で集まって、楽しく冗談を言い合う。
それが日常と化していたけど、こんな関係はいつか崩れてしまうんじゃないかって、時々思う。
いや、もうこの時から崩れ始めてたのかもな、なんて思ったり。


「今日は転校生が来る」
少し髪の毛が薄くなってきた担任教師。二年連続で同じ学年を受け持っているから、何かと親しまれやすい。
そんな先生が、急に「転校生」なんていう妙なワードを出して来たもんだから、クラスは朝なのにも関わらずお祭り騒ぎ。
「えっ、マジで?」「こんな田舎町に?w」「男?女?」「イケメン来てほし〜」
次々と期待の言葉が飛び舞う中、俺は冷静だった。
別に、転校生が来ても何かあるわけじゃないんだし。仲良くなっても得はないと思うんだけど。
二年生に進級して、せっかく「友達」と自分の地位を作り上げたのに。それを転校生に話しかけることによって、崩れてしまうリスクを考えたことがないのか。
「…アホらし」
誰にも聞こえないように、ボソッと呟いたつもりだった。
でも、それは近くの席の二人には聞こえていたみたいで。
「分かる、こんなんで騒ぐ意味がわからない…」とアオが苦い顔をした。
芽流も同様、「ね、別に転校生が来ても大きく変わることなんてないのにね」と同意見をぶつけてくる。
やっぱり、二人とは価値観が合う。話していて気を遣わなくていいし、本音を言い合える相手。
ああ、よかった。こんなの一軍男子になんか言ったら、「うわ、お前マジ?」「根暗じゃん…素で引くわぁ」とか言われそうだな。
ザワザワと、クラスメイトのお喋りは止まることを知らないみたいだ。
むしろ、さっきよりヒートアップしているのかもしれない。朝からうるさいなぁ、とイライラしてくる。
「…お前ら、静かに!」
どうやら、イライラしていたのは担任も同じだったみたいだ。額に青筋を浮かべ、眉と眉の間には眉間にシワが寄っている。まさに、「怒り」という感情にふさわしい顔。
先生の声で教室は静まり返ったものの、興奮は抑えられていないようだった。
空気で…いや、肌で分かる。クラスメイトがみんな、「早く転校生を連れてこい」とでも思っていそうだなぁ、と考える。
「…入れ、今田」
先生のそんな声と共に、ひとつの足音が聞こえて来た。
恋愛マンガとかだったら、ここで究極のイケメンが入って来て、クラスの美少女が「あっ、アンタ、朝の!!」とかやるんだろうな。
さて、現実はどうなのだろう。少し、興味が湧いて来た気がする。
こういう時、漫画とかだったら全てがスローモーションで描かれるのだろうか。
俺の目には、普通に、ごく普通に歩く女の子が映っていた。
一言で言うと、まあ、すごい美人。
彼女持ちの俺が、女の子に、ましてや話したこともない初対面の子に「美人」なんて言うのは気が引ける。
けれど、そんな俺が「美人」と思ってしまうくらいに、その人は綺麗だった。
肩くらいまでの髪を少し巻いているように見える。天然パーマなのだろうか、度合いが丁度良く似合っている。
今ドキより少し短い前髪。その下にはクリクリとした大きな目を覗かせていて。
クラス中の誰もが息を呑んでしまうほどの、美人がやって来たのだ。
転校生は黒板の前に立つとスラスラとチョークを動かし、「今田 心」と書き上げた。
いまだ、こころ。似合うなぁ、と、率直に思った。
すぐに教卓の前に移動しては、カチコチに固まる転校生。緊張しているのか、考えていた言葉が出なくて困っているように見えた。
それが少し面白くて、クスッと笑ってしまう。隣から負のオーラが見えた気がしたけど、気の所為だと思い込むことにした。
「あ…こんにちは、今田心です!晴海中学校から来ましたっ…!」
緊張がほぐれたのか、ゆっくりと話し始めた転校生。
声はとても透き通っていて、でもなんというか、ふわふわしている。
癒し系ポジ。それが一番彼女…今田さんに合っているのかなぁ、と考える。
「みなさん、仲良くしてくれたら嬉しいです!よろしくお願いします…!」
そう言って、今田さんはゆっくりと頭を下げた。
その瞬間、教室が大きな拍手で包まれる。
クラスメイトは、みんな笑顔。俺の隣に座っている彼女だけを除いては。
どうやらみんなは、この「今田 心」という人物を快く歓迎するつもりらしい。
まあ普通はそうするのが当たり前なんだけど、あまりにもみんなが清々しい顔をしているから、相当この子を気に入ったんだろうなぁ、と思った。
俺も実際、明るくていい子そうだし、この子なら全然受け入れられそう、と考えていたところである。
苦手な雰囲気でもないし、友達になれたらいいなぁくらいのテンションで。
クラスメイトも、大体そんな感じだろう。「可愛い子が来たなぁ」、「仲良くできればいいなぁ」とか。みんな、今田さんと話したがっているはずだ。
そんな、第一印象から評判がいいはずの転校生。
俺の隣に座っている彼女、芽流は、なにやら気に食わない顔をしていた。
パチ、パチと、音も出ているかも分からないくらいに、小さな拍手をして。
普段、芽流は感情をあまり顔に出さないタイプだ。そんな彼女が「不快感」を思いっきり顔に出すところなんて、初めて見た。
なるほど、この「今田 心」をあまり受け入れたくないんだな、と理解する。
でも、受け入れたくない理由は、分からなかった。理解できなかった。
どうして?こんなに人柄が良さそうなのに。
いつもみたいに、普通の表情をして、普通の拍手をすればいいのに。
というか、そんな顔しないでよ。芽流は笑ってた方が可愛いのに。
そんな、芽流が人を嫌悪するような顔、見たくない。だって、芽流は心が綺麗なんだから。人を憎たらしく思う必要なんてないから。
「どうしてこんなに嫌そうな顔をしているんだろう」という疑問よりも、「いつもの表情でいて」という自分の願望の方が強かった。
嫌だ、そんな憎しみに満ちた顔しないでよ、と思いながら、俺は拍手を続ける。
「…はい、じゃあ今田は…」
担任が喋り出すと、教室はシン、と静まり返った。拍手の音も止み、担任の話に耳を傾ける。
「あの一番奥の席、空いてる席に座っとけ」
担任は適当に、今田さんの席を「一番奥」と言った。隣の席の男子が、嬉しそうにガッツポーズをしているのが見える。
今田さんは「はいっ」と焦ったように小走りで席に向かう。座った後、近くのギャルっぽい女子たちから「よろしくねー、心!」と話しかけられていた。
その席はここから近いわけでもなく、遠いわけでもない。
恋愛漫画とかで隣の席になるわけでもなく、なんとも「微妙」って感じの、よくわからない距離感だった。
ふと、アオを見る。アオはどういう反応かなぁ、と、単純に気になったから。
アオは、ジーッと今田さんを見つめていた。何か、凄い美術品を見るような目で。
芽流とは、また違う表情をしていた。なんというか、目がキラキラと輝いている気がする。
流石に大袈裟かな、とは思うけど、でもまさにそんな感じだから。
希望に満ち溢れた目。けれど何か、困惑しているのか、動揺しているのか。
アオは、そんなよく分からない感情を、転校生に向けていた。