✳︎


仮入部最終日。
美術部の見学が終わった後。次はテニス部だ、と雑な説明を受けて、外へと移動する。
どうやら、男女合同で部活をしているらしい。人数もそれはそれは多いらしく、年々入部希望者が増えているようだ。
一年生と一緒に部活中のコートへと足を踏み入れ、「よろしくお願いします」と小さく挨拶をする。聞こえなかったのか誰も返答することなく、私の挨拶は終わる。
各自自由行動らしく、私は特にすることも話す相手もいないから適当な場所に腰掛ける。
ここには誰も座っておらず、心地良い。人間がいると疲れてしまう気がする。

「…えっ、マジ?おいでおいで!」
明るい女の子の声が聞こえてきて、その方向に顔を向ける。そこには、一年生と楽しそうに話しているクラスメイトがいた。
名前は確か、矢倉アオちゃん。人当たりが良くて、いつもニコニコしていて、裏表が無さそうな子。思ったことをすぐ口に出して、自分を偽っていない、私とは正反対な子だ。
その手前には、もう一人のクラスメイトがいる。まあ、実質私の隣に座っている人。
確か、るいと言っただろうか。るいくん。男女合同テニス部所属。いつも芽流ちゃんと一緒にいる子。きっと、彼氏か何かだろう。
彼を見つめながら情報をまとめていると、バチッと目が合ってしまう。
「…あ、ども」
目が合ってしまったからか気まずそうに会釈する彼。「会話を広げた方がいい」とプログラムが動き、私は話しかけることにする。
「…るいくん、だっけ」
〝だっけ〟とは別に思っていない。情報は完璧にまとめてあるけど、少しでも人間味のある話し方をしたいから。
「話したことなかったから、嬉しい。その、すごいかっこいいね」
別にそんなこと思ってもいない。プログラムがそう作動しただけ。全て、私の意思ではないけど、勝手に口が動く。
「…は、ぇ?」

困惑したような表情を見せる彼。きっと、初めて話す転校生に「かっこいい」と言われるなんて、微塵も思っていなかったんだろう。
もしかしたら、不快な思いをさせたのかもしれない。今後の人間関係に支障が出たら研究の邪魔になりそうだから、一応謝っておく。
「あっ、いや、ごめん!すぐ思ったこと言っちゃうからさ…嫌だったよね…」
すぐ思ったことなんて言わない。思ったことなんてない。私の口からは、いつも偽物ばかり出てくる。
「あ、いや、いいんだけど…俺彼女いるからそういうのは…」
いいのか悪いのか、ハッキリしてほしい。人間は曖昧に言葉を濁すから、AIとしては分かりづらい。
その後は適当に、彼の彼女・芽流ちゃんについて話を広げた。彼も「心ちゃん」呼びになっていたから、もしかしたらフレンドリーな性格なのかもしれない、と分析する。
そこからは趣味の話になったり、何故仮入部に来たのか質問をされたり。お母さんのことを話したから、もしかしたらマザコンと引かれたかもしれない。
「はい、じゃあ一年もサーブ練やってー」
部長の掛け声で趣味の話は途切れてしまい、私は立ち上がる。サーブもコントロールできるから、きっと余裕なんだろうな。
るいくんがお手本を見せてくれた後、私はコートに立つ。少し目を閉じて分析し、今出せる最大限の力を発揮する。
スパーン、という綺麗な音がすると、周りはザワザワと騒ぎ出す。別に、そんなに凄いわけでもない。私はプログラム通りに動いているだけだから。
「心っ!凄い、凄いよ…!テニス部、入らない?」
さっきの気だるげそうな表情とは違う、希望に満ち溢れたような顔。そんな彼は、私をテニス部に勧誘してくる。

〝凄い、凄いよ…!〟
凄い。
認められた。私を、心を。プログラムを、彼に認められた。
身体が、全身が、なんとも言えない高揚感に包まれる。誰かにこんなに褒められたのは、初めてな気がする。
クラスのみんなは「可愛い」と言ってくれるけど、自分の能力を褒めてくれたことは一度もなかった。
「え、でも…」
私は、お母さんの研究の手伝いがあるから。部活には入れない。
「心となら、絶対いいプレーできると思う!俺、心と一緒にテニスしたい!」

〝心となら。〟〝心と一緒に。〟
私の脳内、プログラムの中に、その言葉が鮮明に残っていく。頭の中で響き、何度も何度も再生される。
喜怒哀楽、喜。
「…嬉しいし、やりたいけど」
そう言いかけたところで、ハッと口をつぐむ。
今、私、嬉しいって言った?
嬉しいと感じた?嬉しいと思った?嬉しいという感情が、芽生えた?
これ、嘘じゃない。偽物の、プログラムから来た「嬉しい」じゃない。
るいくんに言われたことが、嬉しい。その事実が、嬉しい。
感情が芽生えたことが、嬉しい。
「…心?」
るいくんの声で、ハッと我に帰る。プログラムが作動する。
「ううん、なんでもない。入部したいけど、まだ仮入部期間だから、他の部活も行かなきゃ。それに…お母さんから許可もらえるか、分かんないし」
言い終わってから、「仮入部は今日で終わりだ」と気がつく。ここに来て初めて、ミスをしてしまった。
「分かった、待ってる。許可貰えたら、言ってね!」
〝待ってる。〟さっきと同じ感覚になる。
ああ、これが嬉しいっていう感覚なんだ。気分が良くなる。高揚感。
中学校に来て、良かった。まだ少しだけど、感情が身に染みて分かるようになったから。
彼は、「呼び方るいでいいよ!」と言ってくれた。きっと、私に心を開いてくれたんだと思う。

嬉しい。これは、きっと本心だと信じたい。