II


この前心は男女合同テニス部に入ってくれて、関わりが極端に多くなった。
今では、もう友達とも呼べる仲にもなっている。一緒にいて楽しいし、嬉しい。それに、なんというか、優しいのだ。
心がその場にいるだけで、なんかこう、雰囲気がふわふわして、優しくなる感じがする。俗に言う「癒し効果」みたいなものかもしれない。
沢山話して沢山関わるようになって、心の中にある「優しさ」を知れて、もっと好きになったのかもしれない。
でも、その時より何倍も、もっともっと好きになった瞬間があった。
確か、心がクラスで孤立し出した時のこと。部活に入ってすぐの頃だ。
私は、一人でお弁当を食べている心が気になって仕方なくて、芽流とるいに断りを入れて話しかけに行った。
手にはお弁当を持って、「ねえ心、一緒に食べない?」って。心は少し驚いた顔をしていたけど、すぐに小さく微笑んで「勿論」と返してくれた。
「ねえ、心って好きな人いるー?」
何気なく、本当に何気なくだ。『日常会話っぽく』を意識して、そう問いかける。
「…好きな、人?」
「えー、もしかしていない感じ?意外!」
私を好きになってくれたらいいのになぁ、って思う。まあそれもそうか、同性愛なんかしないよね、みんな気持ち悪いって思うだろうし。
「…アオ、凄く変なこと聞いてもいい?」
「いいよー、何?」

「…好きって、何?」
そう聞かれた。
「…心、恋愛したことないの?」
いや、別に恋愛したことないのを否定したいわけじゃないんだけど。ただ、ちょっとビックリしただけっていうか。
「…恋愛っていうより、好きって気持ちが分かんない」
「それって、愛、とか?」
「…うん」
心は困ったように下を向いて、そして笑った。まるで、自分を傷つけるかのように、小さく。
「恋愛とかも、家族愛とかも、親愛とかも…私が感じている『感情』ってやつが、イマイチ分かんないっていうか」
「…そっか」
じゃあ、私を好きになることはないんだね。
愛が分からないなら、私のことを「好き」って思ってくれることはないんだね。

「アオ」
好きな人が、小さく私の名前を呼ぶ。
「好きって、何?」
うわぁ、すごーい。改めて聞かれるとよくわかんないなぁ、とか、わざと能天気に考えてみる。
愛、愛、愛。好きと愛の区別。
好きとは何か、愛とは何か。そう聞かれると、あまり『愛』という感情に自信がなくなってくる。
「んー、好きっていうのはねぇ…」
顎に手を置いて、『考える』ポーズをする。
「友達のことを『好き』っていう感情は、『この子、私と仲良くしてくれるな』とか、『一緒にいて楽しい』とか…そんな感じ?」
「一緒にいて楽しい…」
心がそう呟いて、また口を開く。
「じゃあ、私、アオのこと好き」
「…友達として、ね?」
自分で訂正しておいて、なんだか少し傷ついた気がする。心は、私を『友達』だと思ってくれている。好きって言ってくれた。けど、それは恋愛感情じゃないから。
「ありがと」
小さくそう言って、微笑みかける。
「…で、恋愛感情って…?」
違う話題になったのと同時に、気持ちを切り替えようと試みる。こんなんじゃ、心に『恋愛感情』がなんなのか教えてあげる気にもならないだろうし。
「んー、じゃあ質問!」
わざと明るく振る舞って、笑顔を作る。大丈夫、いつもみたいな、〝笑顔で自分を偽って本性を見せようとしない、最低なアオ〟ではないのだから。
これは、自分を守るための一つの手段だ。このまま暗い気持ちのままでいると、もっと辛くなりそうだから。だから、明るく振る舞って、気持ちを隠す。
これは、『正当防衛』なはず。
「一緒にいて楽しいっていうのは、友達に限ったことじゃないの」
「友達に限ったこと、じゃない…」
「そ、男子でも女子でもいいから、一緒にいて楽しい人」
〝女子でもいいから〟と付け足したのは、まだちょっと私に希望あるかなぁって思っただけ。ただの悪あがきに過ぎない。
「でも、なんか感覚?が違うっていうか…。この人、私に優しい!平等に接してくれる!一緒にいて楽しい、苦しくない!本音言える!かっこいい!…って感じ。そこから好きになるってワケ」
「……」
入ってきた情報が多すぎるのか、必死に理解しようとして固まる心。
「んー、まあつまり、『あの人を見るだけで、声を聞くだけで幸せ!笑顔になっちゃう!』…みたいな?」
正直、私も疑問系だけど。心に対しての〝恋愛感情〟は、だいたいこんな感じだと思う。
前の彼氏にだって、そうだった。大好きだったんだけどな。
声を聞くだけで、幸せだったのに。なんで、浮気なんかされちゃったんだろうな。

「…いる、かも」
「……えっ!?マジ?」
「…マジ」
心に、好きな人が、いる…!?
私じゃないと分かっていても。傷つくと分かっていても。つい、気になってしまう。
「…え、誰?」
心は顔を真っ赤にさせているけど、躊躇っているわけではなかった。
「耳貸して」と言われたから、ゆっくりと耳を近づける。多分、耳打ちして誰なのかを伝えるつもりなんだろう。
近い。至近距離。心臓バクバク。破裂しそう。
そんな単語が頭の中を飛び舞う。わー、近っ。やばぁ。てか心の好きな人、気になる――

「…るい」
小さな声で、そう耳打ちされた。
「……えっ!?!?」
え、いやいや、るいって。この子は確かに、好きな人をあの〝るい〟と言った。
え、嘘、ホントに?私じゃないっていうショックもまあまああるけど、まさか男友達の〝るい〟だとは思わなかったから。
私は動揺を隠しきれないまま、声を潜めて言葉を発する。
「…いやでも、好きになるのは自由だと思うんだけどさ…?その、るい、彼女いるよ?」
その彼女、芽流に聞かれないように、そっと小声で言う。
聞かれたら、本当にやばいから。ただでさえ芽流は心のことが嫌いなのに(理由は知らないけど)、その心が自分の彼氏を好きとか言ったら、絶対怒るに決まってる。
芽流が、激怒してしまう。マズいし、それだけは避けたいから。
「うん、知ってる。でも、るいのこと好き」
「…マジかぁ」
好きになるのは自由だと思うんだけどさぁ…。なんていうか、恋愛感情を彼女持ちの人にっていうのは、ちょっとねぇ…なんてことを思ってしまう。
浮気は、苦手だ。いや、別にるいと心が浮気するワケじゃないんだけど。
前に、元カレにされたから。そういうことには、すごく苦手意識がある。
あれだけしないでっていったのに。愛していたのに。どうして、浮気なんかするの?
心もるいと浮気をしてしまいそうで、怖くなる。心は、るいは。あんなこと、しちゃダメだ。
「…それ、多分ダメだよ」
「……え」
声を潜めて。
「芽流が怒っちゃうと思う。だって、るいの彼女だよ?浮気みたいなことというか、色目使われたら嫌だと思うじゃん?」
浮気とか、しないでほしい。っていう気持ちが七割くらい。
あと三割は、私に振り向いてよ、って気持ち。
「…そうなの、かな」
「そうだよ。もし、芽流が自分だったらって想像してみて?きっと、その人のこと許せないって思うでしょ?」
「…そう、かも」
きっと、その「彼氏」は、るいを想像したんだろう。私じゃなくて、心の好きな人。恋愛感情がある相手。
ちょっと虚しくなって、悲しくなった。
一体、るいのどこに惚れたんだろう。
いいなぁ、るい。こんな可愛い子から好かれちゃってさ。
私を選ばなかった理由、知りたいなぁ。いや、ただ単に魅力なさすぎたのかもしれないけどさ。
「…私、悪いことしてたんだ」
ううん、告白とかしないなら人の自由だと思うよ。大丈夫だよ、気持ちさえ伝えなければさ。
「…うん」
そう言ってしまうのは、きっと私を好きになってほしいから。
「…るいに、悪いことしちゃってたね。芽流ちゃんにも…。私、最低だ」
「そんなことないよ、分かったならいいじゃん!次に活かしてこ?」
心、優しいなぁ。浮気なんかしてないのに、自分のことを悪く思えて、反省できるなんて。
ますます、好きになっていく。性格の良さにも、その外見にも惹かれて、どんどん堕ちていく。
大好き、大好き、大好き。愛してる、心。
なんでこんなに優しいの?変な人に捕まっちゃっても知らないよ?いや、助けるけどさ。可愛い、優しい、大好き――。
心なんかより、私の方が最低だ。

今日の日記

・心に好きって何かを聞かれた、教えた
・るいが好きって言われた
消しゴムで、今書いたことを消す。書き換える。

・心って優しい、更に好きになった
・私って、クズだ

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今日の日記

・心が全然来ない、インフルの可能性アリ
・心配…、お見舞いとか行きたいけど家知らない