夏休み。
毎日のように部活はあったけど、休みの日もあった。
その合間を狙って芽流と遊びに行ったり、好きな人とデート(自称)をしてみたり。
充実した夏休みだったけど、一つ衝撃的なことがあった。
「…別れた!?」
「ちょっと、うるさい。一応部活中でしょ」
「え、あ、ごめん。…え、心は聞いてたの?」
「うん、アオが熱で休んでた時に。私も凄いビックリしたけどね」
「えっ、えー、マジかぁ…あんなラブラブだったのに…」
「まあ、色々あって」
頭を掻きながら苦笑いをしてそう言ったるいは、よく分からない目をしていた。


九月の中旬。
「…今日は、今田が休みだ」
朝。
頭がだいぶ後退した担任の声で、私の好きな人が欠席したことが分かった。
どうしてだろう、転校してきてから一度も休んだことはなかったのに。風邪かなぁ、部活が少し憂鬱になる。
まあ、私の男友達・るいがいるからいいんだけど。ただ、いつもよりちょっと寂しくなるっていうか。
あっという間に出席も取り終わって、朝イチの授業前の五分休憩。私は教科書とノートを机の上に出した後、後ろの席の二人に話かける。
「ねえ、心休み?なんかあったのかなー」
後ろに座っているのは、私の大親友・芽流と、その元カレ・るいだ。
二人は仲良しカップル…だったんだけど、つい一ヶ月前くらいに別れちゃったらしい。友人に戻るとかだったらまだ良かったんだけど、そうはいかなかったみたい。
なんせ別れ方が最悪だったみたいだし。詳細は怖いから聞いてないけど。
二人の友達の私としては、めちゃくちゃ気まずいものだ。こっちの身にもなってほしい、とため息をつく。
「風邪とかじゃない?最近いろいろ流行ってるしさ」
るいがそう言う。「だよねー、心配」と返すと、芽流から「ふーん」と短い返事が返って来た。
「それよりさ、来週調理実習でしょ?めっちゃ楽しみ!」
〝心の話題は出すな〟と目で訴えてくる芽流。
しっかりと私と目線を合わせて、笑ってる。勿論、るいとは一ミリも目を合わせずに。
私には、それが少し怖く見えた。
「あー、調理実習…。そういえばなんかあったね。包丁使うんでしょ?人殺さないでよ?」
冗談混じりで、芽流にそう言う。
るいとも話したかったけど、頬杖を付いて窓の外を眺めていて、完全に一人の時間に入ってしまっている。
二人は色々気まずいだろうし(最悪な別れ方らしいから)、話しかけない方がいいよな、と考えをまとめる。
「当たり前じゃん、殺すわけないでしょ?」
語尾に「w」が付きそうな声で、そう返す芽流。
最近、二人とも少し雰囲気が変わった。
本当に、ほんのちょっと、ほんのちょっとなんだけど。
毎日のように一緒にいた私からは、結構違和感感じるなぁ、と思っただけだけど。
るいは、なんていうか、ちょっと暗くなった。
理由は分からない。話している時はいつも通りなんだけど、一人でいる時の空気があからさまに違うというか。
ボーッと空を眺めている時もあるし、何かいいことを思い出したかのように、突然フッと笑うこともある。芽流と話している時、大体視界に入ってくるから。雰囲気が変わったのは、なんとなく察知できる。
芽流は、変わった。
ちょっと、ほんのちょっとだけ、変わった。
多分、吹っ切れたんだと思う。るいと別れて、落ち込んで。その後立ち直って、吹っ切れたんだ。きっと、そうだと思う。
少し、毒舌になった。少し、悪役みたいな、怪しい笑い方になった。目つきが前より鋭くなった。喋り方も、カッコよくなった。儚さが、なくなった。
全部、気のせいだと思うけど、どうも気のせいだとは思えない。
雰囲気がちょっと変わっただけかと思ったけど、芽流はこうして見ると、細かいところが変わった気がする。私の大切な親友が、ちょっと変わっちゃった。
見た目は何も変わっていない。いつもの長いストレートロングだって、恐ろしいほどに綺麗な顔立ちだって。なんにも、変わっていなかった。
でも、「雰囲気」が変わったから、少し芽流が自分とは遠い世界の人のように見えてしまう。
恐ろしいほどに綺麗な顔立ちで、怪しい笑みを浮かべてニヤリと目を細めるのが、少し怖く感じる。
その美貌が、毒に見えてしまうから。背筋がゾクっとして、凍ってしまいそう。
「…調理実習、ね…」
芽流がぽつりとそう言う。そのまま視線をるいの方に向けたので、私もつられてるいの方を見る。
どうして調理実習と呟いて、るいの方を見るんだろう。疑問に思ったのも束の間、芽流は反対側の方に視線を向けた。
どこだろう、と反射的に芽流が見ている方向に身体を動かす。そこは、私の席から遠くも近くもない、微妙な席だった。
心の席だ。芽流は、心の席を見ているんだ、と理解する。
いつもそこには心がいるけど、今日は来ていない。部活が寂しくなるなぁ、とまた思ってしまう。
心が入部する前に戻ってしまうみたいだ。先輩とは程々の付き合いをして、るいと二人で雑談ばかりしていた、あの頃。
懐かしい、と思う。あの頃は、二人が付き合ったばかりだったっけな。
どうして、二人は別れてしまったんだろう。何か二人を別れさせてしまうような、決定的な原因があったのだろうか。
まさか、病気?いや、それはないな。もしかして、浮気とか――

関係ない私が、勝手に妄想を膨らませるのはやめよう。二人にも申し訳ないし、勝手なイメージを抱いて嫌いになってしまうのが一番嫌だから。
芽流はふいっと視線を逸らして、窓の外を見つめる。るいが視界に入らないような場所を見つけているのが、なんとなく分かる。
私はまだ、心の席から目を離せなかった。今日は風邪か何かで休み。心配だなぁ、とただただ思う。
早く、早く――
好きな人に会いたいなって、すごく思う。

今日の日記

・来週は調理実習
・心は休み
・やっぱり二人は仲悪め…、なんとか仲良くなってほしい