カラオケだけが楽しみだった私が、仕事にも恋にも本気になるまで

 金曜の夜。
 美織は帰宅途中、スマホを手にして電車の揺れに身を任せていた。
 ふと目に入ったネットニュースの見出しに、思わず目を止める。

 『エッセンティア、話題のCM戦略の裏側──35歳・若手部長の挑戦』

 ――エッセンティアって、あのCMの会社……?

 興味本位でタップすると、ページが開き、記事の冒頭に見慣れた名前があった。

 『事務機器メーカー、エッセンティア株式会社 マーケティング部 部長 青海響生さん』

 目を疑った。
 “うちの部でやってます”と、カフェでさらっと言っていた。
 でも、“部長”だったなんて――そんなこと、一言も言ってなかった。

 記事には、CM企画の狙いやターゲット分析、メッセージ性に関するコメントとともに、彼の写真が掲載されていた。
 スーツ姿でカメラを見据えるその表情は、どこかいつもの彼よりも少しだけ遠く見えた。

 ――すごい人だったんだ……。

 ただのカラオケ仲間。ペアを組んだだけの人。
 けれど、今は違う。少し尊敬に近い、静かな感情が芽生えていた。

 ――私も、もっと自分の仕事、ちゃんと向き合ってみたいな。
 
 さらっと書かれた経歴紹介の一文に、目が留まる。

 『プライベートでは独身。趣味は映画鑑賞と歌。休日は音楽活動を楽しむこともあるという』

 ――……独身、なんだ。

 美織は、スマホを持つ手が少しだけ熱を帯びるのを感じた。
 なぜか、自分でも驚くほど、心が揺れる。

 スマホをそっと閉じて、美織はゆっくりと息を吐いた。