カラオケだけが楽しみだった私が、仕事にも恋にも本気になるまで

 その週末、カラオケサークルの定例会。
 美織と響生は、先週から練習してきたデュエット曲を、初めてみんなの前で披露することになっていた。

「じゃあ、いよいよ本命ペアの登場ね!」
 福田麻衣子の声に、メンバーからも拍手と冷やかしの声が上がる。

「緊張しなくていいよ〜。いつも通り、いつも通り!」
「いや、むしろ期待してるから!」

 響生がリモコンで曲を選び、美織と並んでマイクを握る。

 イントロが流れる。
 先週よりも、声の重なりが自然だ。
 ふたりのリズムが、少しずつ寄り添っているのが分かる。
 視線を交わすタイミングも、どこか呼吸が合っていた。

 ――気持ちが、ちゃんと乗ってる。

 サビのハーモニーが決まった瞬間、場の空気がふっと変わる。
 曲が終わると同時に、拍手と歓声が一斉に湧き起こった。

「すごい……しっかり、息が合ってる!」
「表情もよかったよ、美織ちゃん! すごく自然だった!」

 褒め言葉に照れつつ、美織は一礼してマイクを置く。
 その表情は、どこか晴れやかだった。

 響生は、その変化に気づいていた。

「……なんだか、表情が明るいですね」

「え? そうですか?」

「ええ。……前よりずっと、楽しそうに見えました」

 美織は一瞬、戸惑ったように目を伏せる。けれどすぐに、少しだけ口元を緩めた。

「――ちょっとだけ、自分の仕事が面白いかもって、思えたんです」

 その言葉に、響生はわずかに目を細めた。

「……それは、いい変化ですね」

 彼の声は静かで、けれど、どこか嬉しそうだった。

 練習の成果は、確かに出ていた。
 けれどそれ以上に、ふたりの間にあった“壁”が、ほんの少し溶けた気がした。