カラオケだけが楽しみだった私が、仕事にも恋にも本気になるまで

 次の日の午後、美織は響生と待ち合わせて、駅近くのカフェに来ていた。
 カラオケの練習ではなく、今日は「曲決め」が目的。けれど、カフェのテーブルを挟んで向き合うのは、少しだけ気まずい。

「これ、候補です」
 響生が差し出した紙には、曲名の横に小さく「テンポ感」「メッセージ性」「ペアで映える構成」など、短くポイントがまとめられていた。

「……なんか、すごく考えられてる。ちょっと感心しちゃいます」
 美織は紙を覗き込みながら言った。

「まあ、つい分析しちゃうんですよ。癖みたいなものです」

 そう言って響生は、少し恥ずかしそうに笑った。

「で、どれか、気になる曲ありますか」

「うーん、どれもすごくちゃんと選ばれてるのは分かるんですけど……私、やっぱりこの曲が気になります」
 美織が指さしたのは、少し古めのバラードだった。

「理由は?」

「なんとなく、気持ちを込めやすそうっていうか。歌ってる情景が浮かぶんですよね。相手と向き合って、想いを伝え合う感じが……」
 言いながら、自分でも少し恥ずかしくなって言葉を濁す。

「感覚派、ですね」
 響生はそう言って、表情を緩めた。

「それって、悪い意味ですか?」

「いや、僕も、最終的には“これだ”って感覚に頼るときもあります。データじゃ説明できないことって、意外と大事ですものね」

「そうですよね……」
 美織は意外そうに響生を見た。
 てっきり理屈で固めるタイプかと思っていた。

「歌もそうじゃないですか。正確に歌っても、気持ちが通ってないと面白みがない。逆に、多少音を外しても、気持ちが乗ってると伝わる」

「……そうかも。気持ち、ちゃんと届くと、空気が変わりますよね」

 ――この人、理屈っぽいようで、感覚も大切にしてるんだ。

 美織は、不思議とその言葉に安心した。