カラオケだけが楽しみだった私が、仕事にも恋にも本気になるまで

「それじゃあ、あらためて――グランプリ優勝、おめでとーーっ!」

 福田麻衣子の乾杯の音頭とともに、グラスが一斉に鳴り合った。

「店貸し切りって、パーティなんて豪勢だわ〜」
サークルメンバーの一人が感心したように言う。

「青海さん、美織ちゃんとペアじゃなかったら、ここまで行けなかったんじゃない?」
「逆もねー!」

 からかうような声に、美織が苦笑し、響生も静かに笑った。

「……じゃあ、感謝の気持ちをこめて、もう一度、歌いましょうか」

「やったー! 生グランプリ聴ける!」

 照明が少し落ちる。
 ふたりがマイクを持ち、曲が流れ始める。
 いつもの空間。でも、響くハーモニーは、もう“特別なふたり”のものになっていた。

   ◇◇

 夜風が少し冷たい。

 パーティの賑やかさが嘘のように、通りは静かだった。
 駅へ向かう道、美織と響生は並んで歩いていた。

 言葉がなくても、心地よい沈黙だった。余韻が、胸の奥にやわらかく残っている。

「……楽しかったですね」

「はい。やっと、全部終わったんだなって感じがします」

 ふたりの歩幅は自然にそろっていた。美織は、ちらりと響生の横顔を見る。どこか、穏やかで――少し、寂しそうにも見えた。

「また、歌いましょうね」

「え?」

「来年じゃなくても、大会じゃなくても……またいつか、青海さんと歌いたいです」

 一瞬、足音が止まりかけた。

 響生は、美織の言葉を繰り返すように、そっと微笑んだ。

「はい。僕も、そう思ってました」

 信号の灯りに照らされる歩道で、ふたりの手が、ふと触れ合った。
 そのまま、誰も気づかないような自然さで、重なったままになった。

 握るでもなく、離れるでもなく――ただ、そこにあるぬくもりを確かめるように。
 
 この声と、この人と。
 もう一度じゃなくて、これからも――
 そう思ったことを、言葉にはしなかったけれど、きっと伝わっている。
 
 ふたりは、照明の煌めく夜の街をゆっくり歩いて行った。
 
  <END>