「どこが、わからないの?」
一音、一音、丁寧に発声する。
思っていたよりも聞きやすい、澄んだ声だと思った。
「あの、ここ……」
「うん、この問題、たしかにちょっと難しいかもしれない」
伊差くんは、自分が(数学においては)優秀であることを驕ったりすることなく、かみ砕きながら、解説を添えながら、わたしにかわって問題を解き始めた。
本当にわかりやすくて驚いた。
思いのほか真剣に取り組んでくれていることにも、同じように驚いたし、それ以上に戸惑った。
話したこともない、接点もない、絶世の美女というわけでもなければ、天使のように優しい性格というわけでもない、こんなわたしに、どうしてこんなにも親切にしてくれるのだろう。
目の前にあるのが、数学だから?
それとも、目の前にいるのが、わたしだから?
わからない。
まだ、証明は終わっていない。
「伊差くん」
所要時間・約5分の設問を解き終えたのと同時に、顔を上げる。
わたしの声に反応して同じくそうした伊差くんと、とても近い場所で、目が合う。
それでも今度ばかりは逸らされなかった。



