わたしはあまり数学が得意ではなく、いやむしろいちばんの苦手教科であり、その日は放課後まで教室に居残って、授業中できなかった分の問題をひとり寂しく解いていた。
解答と解説つきの問題集。
それをノートに書き写しながら、読み込めど読み込めど謎は深まるばかりで、もういっそ投げたしたくなりつつ、進級がかかっているからそういうわけにもいかず、どっちに転んだとしても地獄が続いていくことに嫌気が差す。
教室の前方の扉が開いたのは、どうしようもないほどの絶望感と闘っていた、そのさなかのことであった。
――あ、と。
先に声を漏らしたのは、扉のむこうから突如として現れた、伊差くんのほうだった。
きっと無人であると予想して油断していたのだろう、彼は数秒のあいだ、狐につままれたようななんともいえない顔をして、教室の真ん中にぽつんと取り残されているわたしをじっと見つめた。
そのことを認識しているわたしも、たぶん同じ分だけ、同じように、彼のことをじっと見つめていたはずだ。
それにしても、伊差くんの顔を、真正面から、こんなにもじっくりと観察するのははじめてのことであった。
日焼けしているとか、していないとか、そういう類でなく、本当にきめ細かい、とても美しい肌をしている。
目は、一重なのか、はたまた奥二重なのか、この距離からじゃ判断できないけれど、少しつり上がったような、涼しげな印象があった。
鼻筋はすっと通っているし、色素の薄いくちびるは、横の長さはしっかりあるのに、縦の面積が小さい感じがする。
そのすべての造形を、直毛の黒髪がバランスよく、柔和に、まとめあげている。
伊差くんは、たしかに、“マサカズ”というよりは“ユウワ”という感じの容姿をしているかもしれない。



