たとえば、伊差くんが平均的な男子(ってなに?と聞かれたらおしまいだけど)で、人並みに友人がいて、テストの点数も全教科そこそこといったところで、わたしたちが挨拶ていどは交わすくらいの間柄だったとしたら、この問題はすぐにでも証明することができていただろう。
それでも、いくら考えても、どんな角度から証明しようと試みても、解にたどり着くには途方もなさそうであった。
これはひょっとしたら、“嫌われている説”と同様、“好かれている説”も証明は不可能なのではないか。
それでは、いまだに向けられ続けているこの視線の理由は、いったいなんなのか。
あまり詰まっていない脳ミソもすっかり疲弊しきり、諦めかけたころ、まじめに問題に取り組み続けたわたしへの神様からのプレゼントなのか、解法の模範解答は、唐突に提示されたのであった。



