江戸の町を歩いていても、どこにも居場所がないと感じた。
奉行所を出た総司に、行くあてはなかった。
──家族はもういない。
住んでいた家も、事件の後に処分されてしまったらしい。
親戚がいたとしても、毒殺事件の生き残りである自分を迎え入れてくれるとは思えない。
総司は、無意識に足を進めていた。
行くあてもなく、ただ歩くしかなかった。
道端では商人が客を呼び込み、子供たちが笑いながら走り回っている。
普段と変わらぬ江戸の景色が、今の総司には遠いもののように思えた。
「……腹、減ったな」
ふと気づくと、もう二日ほど何も食べていない。
だが、腹が減ったところでどうすることもできない。
金もない。頼れる人もいない。
ぼんやりとした頭で歩いていると、ふと、向こうの方から侍たちが歩いてくるのが見えた。
その姿を見た途端、総司の体が本能的に反応した。
──刀を差した人間を、恐れる必要はない。
むしろ、羨望に似た感情が胸に湧いた。
強い者なら、この世界で生き残ることができる。
強ければ、誰にも理不尽に命を奪われることはない。
刀を持つ者たちの姿に惹かれるように、総司はある場所を思い出した。
──試衛館(しえいかん)。
剣術道場である試衛館は、腕の立つ剣士たちが集まる場所だ。
もし自分が剣を学べば、たとえ一人でも生きていけるかもしれない。
そしてなにより、剣術を極めれば……
自分の異常な体を、生きるための力に変えられるのではないか。
総司は、ふらふらとした足取りのまま、試衛館へ向かうことを決めた。
*
試衛館の門前に立つと、中からは道場生たちの剣を打ち合う音が聞こえてきた。
総司は、緊張しながら門を叩く。
「……誰だ?」
門が開き、ひとりの男が顔を出した。
精悍な顔つきの青年で、鋭い眼光が総司を見下ろす。
総司は、少し戸惑いながらも言った。
「僕を……ここで剣を学ばせてください」
青年は怪訝な顔をしたが、すぐに総司の汚れた着物や痩せた体を見て察したのか、ため息をついた。
「ここは道場だ。金がないなら教えられねえぞ」
「金は……ないです。でも、何でもします! だから、剣を教えてください!」
総司の必死な声に、青年はしばし黙り込む。
だが、やがて少しだけ口元を緩めた。
「……まぁ、そんな気概があるなら、試しに見てやるか」
そう言って、総司を試衛館の中へと招き入れた。
この時、総司はまだ知らなかった。
──ここでの出会いが、後に彼の運命を大きく変えることになることを。


