お姉さんもないですよね、愛。
俺、昔からそーゆのわかっちゃうんですよ。
同族っていうんですか?

それなのに俺は独房の内側にいてお姉さんは外。
なんででしょうね?



Fの言葉に、一瞬反応が遅れたのは、それが図星だったから、そんなはずはない。
ただ、びっくりしたからだ。よくもまぁ自分の罪を棚に上げて軽口を叩けるものだと。

「反省の色が見えませんね」

Fは不貞罪の常習犯。

ここのセンターには、精神異常を矯正するために収容されている。

しかし、それは刑の執行の代打のような役割でここにいる時点で、随分と甘い処置であることは明らかだった。

「反省してもしなくても数週間後には元の生活に戻れてしまう。これは俺じゃなくて制度の問題では?」

「私に言われても困ります」

私は一介のカウンセラー、たまたま配属が、矯正センターというだけで、制度のことなど知ったことではなかった。

「それもそうか」

キョトンとした表情をすれば、まだあどけなさの残る二十代前半、年相応の顔立ち。

男は、この歳にして、矯正センター送り三度目の常連だった。

不貞罪は死刑に相当する我が国で、三度も不貞をしながら、生きながらえているのも珍しい。

そう思い書類に目を通せば、それはFの幼い頃の家庭環境が影響しているようだった。

なるほど、彼にはチャンス制度が適用されたのか。

親の離婚、義理の父からのDV、そしてネグレクト。

幼少期、両親からの愛を受けて育つことのできなかった彼には、人を慈しむ正常な心が育つはずがない、世間のそのような配慮から、彼には特別寛大な審判が下された、それがチャンス制度だ。

環境に恵まれなかったものに、もう一度やり直すチャンスを与える、それが当制度の目的で、チャンス制度が適用されると、大体は矯正センターにおくられ、精神異常の回復を測ることとなっていた。

しかし、そんなものは名ばかりで、いくら矯正しようと一度歪んだ精神は治らない。
治ったように見えるだけでそれは、錯覚に過ぎない。それなのにかける慈悲は彼らにとってただの押し付けがましい偽善にしかならないのだろう。

利口な顔して出ていった囚人と、再びここで顔を合わせるたびに私はそのことを思い知らされた。

「ね、お姉さん、本当に番いる人?」

Fの視線が私の指輪に注がれる。ねっとりとした息遣いは、アクリルの板を一枚隔てもなお生々しいものがあった。

「当たり前じゃないですか。失礼なこと言わないでください」


この世界で恋をしないことは罪だ。

人を愛する感情の欠落した個体は、やがて危険思想を誘発する原因になりうる。

また、その思想は伝染する厄介な奇病である。

かの有名な精神分析学者の言葉である。

i 欠落症、その呼び名が定着して久しい現代、当該症状に陥った者は、言語道断、収容所送りだ。

「ふぅん、ま、そうだよね。たとえそうだったとしても言えないか」

いやらしい視線が女を愛撫する。

「ね、俺さ、愛なんてものはこの世に存在しないと思うんだ」

「不謹慎ですよ」

「お姉さんがチクらなければ、ヘーキだよ。この時間はカメラもマイクもオフになってるんでしょ?」

このセンターにおけるカウンセリングは、囚人のプライバシー保護を徹底しおり、記録は、私の手元にある観察簿に記すのみとなっていた。

どうやら私の前のカウンセラーは随分とおしゃべりだったらしい。

でも、もしかしたら、こう言った雑談から何か解決の糸口が見つかるかもしれない。

カウンセラーである以上、回復がどんなに絶望的であるとしても、仕事を放棄するわけにはいかなかった。

「……続けてください」

「そうこなくっちゃ!」

男は調子よく続けた。

「愛なんてものはこの世にないんだ。それは行為を正当化するためのまやかしであって、本音はただ欲を満たしたいだけ。それなのに、いかに自分のしている営みが崇高なものかと説いている人を見ると、俺、イライラするんだ。それで全部、全部壊したくなる」

「なるほど?」

「口では、どうとでも嘯ける。所詮どんな女も、たとえ男でさえ、揺さぶればすぐに脆く崩れ去るんだ。俺は一回たりとも行為を強制したことはない。どちらかというと、みんなの方が俺にそうされるのを望んでいて、それをされて喜んでいる。笑っちゃうよね」

「では、どうしてあなたはここにいるのですか?」

「それは、パートナーにばれた時、怒りの矛先を自分以外に向けさせるためさ。自分が罪に問われないと分かっている快楽を抗う術を人は知らないだろう? 僕がチャンス制度該当者ならなおさら」

Fは自重気味に笑うと、言った。

「みんな優しいよね? 過去の出来事を羅列すれば、その余白を勝手に想像して同情して。僕を正常な人間にするために今この時間も、まともな人間が汗水垂らして働いた税金が投入されている。もう、俺なんかのこと早く諦めればいいのに」

女は最後の言葉が、男の本音であるような気がした。

生まれついた時から、この世界の普通に当てはまらない人間は、生きながらに地獄だ。

男はその地獄を一人で歩くことが癪で、少しでも誰かを道連れにしたかったのだろうか。

女は小さく笑った。


「精神異常、回復困難、故、死刑」

「……」

男は、一拍置いて、虚な瞳を私に向けた。

「あぁ、お姉さん、サイコーだよ♡」