次の朝、
第二皇子の死体が、自室のベッドで見つかった。
「何処へ行く」
振り返るとそこには、黒衣の第三皇子がいた。からだの線を隠すドレスのようなシャツを着て、同じ色のパンツを履いていた。
やはり、黒いレースのヴェールを被っていて、顔が見えない。
「聞かずともわかる。おまえは、死にに行くのだろう」
砂漠の朝が少しずつ目覚めていく。オアシスの湖はあおく、
まるで第三皇子の瞳のような美しさだった。
「俺が命じた事ではない。しかし、おまえの腕は惜しい」
少し寂しそうな皇子の声色を聞き、私は首を傾げた。
「第三皇子様」
「何だ」
皇子が、低く答える。
私は、その前にうやうやしくひざまづいた。
「私は、第一皇子様のご幼少のみぎりからの側近でございました」
聡明で美しく、優しく、気高かった第一皇子。
それが一夜にして、血の海の中、絶命していた。
第二皇子は側近の私を手に入れるため、そして皇位を手に入れるため、
第一皇子を殺したのだと、その日、知った。
「私がいなければ。むしろ、私が代わりになるべきだったのに」
私がうなだれると、
不意に、頭の上に、はらりとヴェールをかけられた。
「おまえのその命、俺が貰い受けよう」
私が顔を上げると、
皇子は、慈悲深くやわらかい眼差しで、私を見下ろしていた。
「おまえは優秀な側近だと聞く。ならば俺が貰い受けよう。
大兄様の分まで俺に尽くせ」
「し、しかし、私は第二皇子様を、」
私があわてて顔を上げると、
「大兄様が信頼していた者だ。
大兄様が皇帝として、側に置きたかったおまえ。俺が貰い受ける」
そのサファイアの瞳の中に、涙のような光がひとすじ差し込んでいた。
美しい。
何と美しい色彩なのだろう。
照りつける砂漠の太陽にさらされても尚、透明感を保つその肌に填め込まれた宝石のようなあおい瞳。
「俺は大兄様が大好きだった。とてもお優しくて、本当に俺を愛してくださっていた」
そのあおい瞳から、ほろり、ほろりと、クリスタルのような涙が白いほおにこぼれる。
何と無垢な、純粋な涙。
私は、すっと立ち上がって、
被せられたヴェールを、皇子の頭にふわりとかけなおした -
「おまえは、大兄様に深く愛されたのであろう。
身も心も深く深く」
私は返事をしなかった。第一皇子には、決められた婚約者がいた。
第一皇子がいなくなっても私が泣くことはなかった。私が泣くのはいつも、かのひとの腕の中でだけであった。
(誰に穢されようとも)
「大兄様の話をしてくれ。
俺の知らない大兄様の話を」
うら若い皇子に、私は静かに微笑みかけた。微笑むのは何年ぶりかと思った。
(かのひとをなくして)
この皇子はまだ若い。聡明ではあるが、若く、不安定だ。
(お支えしたい)
「俺は、何も喪わせない皇帝になりたい -」
そう静かに、しかし強く言い切った皇子が、ヴェールを脱ぎ捨てる。
その頭上に砂漠のあかるい太陽が、彼の美しさを祝福するように静かに燃えていた。
2025.03.22
Copyrights 蒼井深可 Mika Aoi
第二皇子の死体が、自室のベッドで見つかった。
「何処へ行く」
振り返るとそこには、黒衣の第三皇子がいた。からだの線を隠すドレスのようなシャツを着て、同じ色のパンツを履いていた。
やはり、黒いレースのヴェールを被っていて、顔が見えない。
「聞かずともわかる。おまえは、死にに行くのだろう」
砂漠の朝が少しずつ目覚めていく。オアシスの湖はあおく、
まるで第三皇子の瞳のような美しさだった。
「俺が命じた事ではない。しかし、おまえの腕は惜しい」
少し寂しそうな皇子の声色を聞き、私は首を傾げた。
「第三皇子様」
「何だ」
皇子が、低く答える。
私は、その前にうやうやしくひざまづいた。
「私は、第一皇子様のご幼少のみぎりからの側近でございました」
聡明で美しく、優しく、気高かった第一皇子。
それが一夜にして、血の海の中、絶命していた。
第二皇子は側近の私を手に入れるため、そして皇位を手に入れるため、
第一皇子を殺したのだと、その日、知った。
「私がいなければ。むしろ、私が代わりになるべきだったのに」
私がうなだれると、
不意に、頭の上に、はらりとヴェールをかけられた。
「おまえのその命、俺が貰い受けよう」
私が顔を上げると、
皇子は、慈悲深くやわらかい眼差しで、私を見下ろしていた。
「おまえは優秀な側近だと聞く。ならば俺が貰い受けよう。
大兄様の分まで俺に尽くせ」
「し、しかし、私は第二皇子様を、」
私があわてて顔を上げると、
「大兄様が信頼していた者だ。
大兄様が皇帝として、側に置きたかったおまえ。俺が貰い受ける」
そのサファイアの瞳の中に、涙のような光がひとすじ差し込んでいた。
美しい。
何と美しい色彩なのだろう。
照りつける砂漠の太陽にさらされても尚、透明感を保つその肌に填め込まれた宝石のようなあおい瞳。
「俺は大兄様が大好きだった。とてもお優しくて、本当に俺を愛してくださっていた」
そのあおい瞳から、ほろり、ほろりと、クリスタルのような涙が白いほおにこぼれる。
何と無垢な、純粋な涙。
私は、すっと立ち上がって、
被せられたヴェールを、皇子の頭にふわりとかけなおした -
「おまえは、大兄様に深く愛されたのであろう。
身も心も深く深く」
私は返事をしなかった。第一皇子には、決められた婚約者がいた。
第一皇子がいなくなっても私が泣くことはなかった。私が泣くのはいつも、かのひとの腕の中でだけであった。
(誰に穢されようとも)
「大兄様の話をしてくれ。
俺の知らない大兄様の話を」
うら若い皇子に、私は静かに微笑みかけた。微笑むのは何年ぶりかと思った。
(かのひとをなくして)
この皇子はまだ若い。聡明ではあるが、若く、不安定だ。
(お支えしたい)
「俺は、何も喪わせない皇帝になりたい -」
そう静かに、しかし強く言い切った皇子が、ヴェールを脱ぎ捨てる。
その頭上に砂漠のあかるい太陽が、彼の美しさを祝福するように静かに燃えていた。
2025.03.22
Copyrights 蒼井深可 Mika Aoi



