沈黙が重くのしかかる。
血の匂いが充満する戦場の中で、沖田は自分の剣を見つめていた。
刃先に滴る赤い液体――それが誰のものかも分からない。
(私……またやってしまった……)
恐る恐る顔を上げると、そこには土方がいた。剣を下ろしたまま、じっと沖田を見つめている。その瞳は冷たく、まるで何かを突きつけるような視線だった。
「……沖田」
低く、鋭い声。
「お前……何をしたか、分かってんのか?」
その言葉が胸に突き刺さる。
沖田は唇を噛んだ。喉がカラカラに渇いているのに、息が苦しい。
「お前が斬ったのは敵だけじゃねえ……」
土方が足元を指した。そこには、新選組の隊士の一人――まだ若い隊士が、血にまみれて倒れていた。
「……あっ……」
沖田の心臓が、ギリリと軋む音を立てる。
(私が……やったの……?)
手が震える。自分の剣が隊士の血を吸っている――まるでそれを認めたくなくて、沖田は何度も瞬きをした。
だが、現実は消えない。
「なんで……」
声が震えていた。
土方は沈黙し、鋭い視線で沖田を見下ろしている。
「お前が暴走したんだ」
斎藤の低い声が割って入る。
沖田は顔を上げた。
「お前の剣は止まらなかった。理性がなくなって、ただ敵を狩るだけの獣になった。結果……」
斎藤が倒れた隊士を見やる。
沖田は喉が詰まったように息を飲んだ。
(私……仲間を……?)
心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。何も考えられない。足元が崩れていくような感覚。
「……僕、は……」
どうすればいい? どう言えば許される? どうしたら、この現実をなかったことにできる?
「――もう、戦えないなら、出ていけ」
土方の冷たい声が響いた。
沖田は息を呑んだ。
「……え……?」
「自分を抑えられねえなら、隊にいちゃいけねえんだよ。次は、味方を斬らねえ保証があるのか?」
「……でも、僕は……っ」
「もう言い訳は聞きたくねえ」
土方の目が鋭く光る。
「それとも……てめえは 妖として生きる つもりか?」
その言葉が、沖田の中の最も弱い部分を抉った。
(人間として生きるか、妖として生きるか――)
(私は、どっちなんだろう?)
答えが出せないまま、沖田は拳を握りしめた。
斎藤は無言でそのやり取りを見ていたが、静かに言った。
「……沖田。少し、頭を冷やせ」
その声にさえ、沖田は返事をすることができなかった。
胸の奥に広がるのは、悔しさでも悲しさでもない。
ただ、 恐怖だった。
(私は……また暴走するかもしれない。)
(次は……誰を斬る? 土方さん? 斎藤さん?)
考えたくもない想像が、脳裏に浮かぶ。
沖田はギュッと目を瞑った。そして、静かに立ち上がる。
「……僕、少し、屯所を離れます。」
自分でも、驚くほど冷静な声だった。
土方は何も言わなかった。斎藤も黙っていた。
沖田はただ、ゆっくりとその場を離れた。
自分の中にある 『妖』としての本能と、人間としての自分―― その狭間に立たされていることを、痛いほど感じながら。


