明日もきっと、晴れるはず

誰もが沈黙する中、土方が一歩、沖田に近づく。そして、その首元にそっと手を伸ばした。

「え、ちょ、土方さん?」

沖田が目を丸くした瞬間――

ガシッ!!

土方は沖田の襟元を掴み、力強く引き寄せた。

「痛いです、痛いですってば!」

「……バカが。」

「え?」

「お前が妖だろうが何だろうが、総司は総司だろうが。勝手に死ぬつもりで消えたくせに、何食わぬ顔して帰ってくるとはいい度胸してやがる。」

土方の声には、怒りと安堵が入り混じっていた。

「……すみません。」

沖田がしゅんとする。

「俺はまだ、お前を許したわけじゃねぇぞ。」

「……はい。」

「けど、帰ってきたことだけは、評価してやる。」

「……はい!」

沖田が笑う。

新選組の隊士たちはしばらく沈黙していたが、次第に歓声が上がった。

「沖田さんが帰ってきた……!」

「もう、勝手に生贄にならないでくださいよ!」

「総司、お前……もう絶対に勝手に死ぬなんて言うな!」

「わかりました、わかりましたってば!」

屯所は笑いと涙に包まれた。

だが、その光景を少し離れたところで見ていた幕府の使者は、冷たく呟く。

「……さて、新選組が妖を抱えたとあれば、幕府もお前たちをどう扱うか考え直す必要があるな。」

それは、彼らにとって新たな試練の幕開けだった。

沖田総司が妖狐となった――その知らせは瞬く間に新選組内部に広がった。

「おい……本当に、沖田の兄さんが?」

「妖になったって……まさか敵になっちまうんじゃ……」

屯所の隊士たちは、不安と困惑を隠せなかった。妖といえば、人を襲い、喰らう恐ろしい存在。新選組が「払い屋」として討ち続けてきたものだ。

だが、その妖となったのは、皆が慕う沖田総司だった。

その事実を、どう受け止めればいいのか――。

***

翌日。

沖田は、土方に呼び出されていた。

「お前のことをどうするか、隊として結論を出す。副長室に来い。」

短く告げられ、沖田はしょんぼりとした様子で部屋へ向かった。

土方の前には、幹部たちが揃っていた。

「……さて。」

静かな空気の中、土方が口を開いた。

「単刀直入に言う。沖田、お前は今後どうするつもりだ?」

「どう、って……今まで通り、新選組の隊士として戦います。」

沖田はまっすぐにそう答えた。

だが、斎藤一が静かに首を振る。

「簡単な話じゃない。お前はもう人間じゃないんだぞ。俺たちがこれまで討ってきた妖と同じになった。」

「……」

「もし、お前が本能に呑まれ、人を襲うようなことがあれば――俺たちは、お前を斬らなければならない。」

厳しい言葉に、沖田は小さく息を飲んだ。

「……はい。」

「理解してるな?」

「もちろんです。でも、僕は僕ですよ。何も変わってません。」

「本当に、そう言い切れるのか?」

「……!」

「妖の力がどれほどのものかは分からんが、お前自身もまだ制御しきれていないだろう。自分で自分を信じられるか?」

斎藤の鋭い言葉に、沖田はぎゅっと拳を握った。

確かに、昨夜から妙な感覚があった。

人間だった頃には感じなかった"気配"が分かるようになった。夜になると、どこか心がざわつく。

そして――何よりも、今までよりも体が軽い。まるで、自分の力が何倍にも増しているような感覚。

「……確かに、まだ分かりません。でも、僕は……新選組の剣士として、戦いたいんです。」

その言葉に、近藤が頷いた。

「総司。俺は、お前の気持ちを信じたい。でも、万が一お前が人間を襲うようなことがあれば――」

近藤の目が鋭く光る。

「その時は、俺が責任を持って、お前を斬る。」

「……はい。」

沖田は、静かに頷いた。

土方が腕を組み、少し考える素振りを見せた後、低く言った。

「……一つ、試す。」

「試す?」

「お前の妖の力。どの程度のものか、確かめさせてもらう。」

土方が立ち上がり、沖田の方を見据える。

「お前に斬りかかる。」

「えっ?」

「俺の剣を受けてみろ。それで、どれだけの力があるのか見極める。」

沖田はしばし呆然としたが、やがて表情を引き締めた。

「……分かりました。お願いします。」

***

屯所の庭。

新選組幹部たちが見守る中、沖田は土方と対峙していた。

「本気で来いよ。」

土方が木刀を構える。

沖田も、静かに剣を構えた。

「いきます。」

次の瞬間――

"ヒュン――!"

沖田の姿が、一瞬で消えた。

「……なっ!?」

土方が驚愕する間もなく、沖田の剣が彼の背後に迫っていた。

バキィン!!

木刀が弾かれ、土方は数歩後ずさる。

「……速い……!」

ただの速さではない。音すら置き去りにするほどの速度。

「これが……妖の力か……!」

土方は驚きながらも、口元に笑みを浮かべた。

「上等じゃねぇか。」

再び木刀を構え、沖田に向かって突進する。

「……!」

沖田は、僅かに目を細めた。

そして――

「……っ!」

目が、赤く光る。

「――!!」

その瞬間、土方の体が一瞬動かなくなった。まるで、何かに囚われたかのように。

「今の……なんだ……?」

「……分かりません。」

沖田は、少し戸惑いながら木刀を下ろした。

その場の全員が、彼の異様な力を実感した瞬間だった。

「……やっぱり、お前はもう人間じゃねぇな。」

土方は、静かに言った。

「総司……本当に、お前は大丈夫なのか?」

その問いに、沖田は小さく微笑んだ。

「……僕は、大丈夫です。」

「でも、もし僕が"そう"なってしまったら……その時は、ちゃんと僕を斬ってくださいね?」

そう言う沖田の笑顔は、どこか儚く、寂しげだった。

そして、新選組は"妖の剣士"を抱えたまま、新たな戦いへと向かうこととなる――。