「も〜!!綺惺くんのせいだよ!?」
「まじでごめんって思ってる」
軽い謝罪が落ちてきた。全く申し訳ないと思っていない。そんな謝罪だった。
「だったらねえ、笑顔なのはどうして?」
「なんでもない、なんでもない」
「今後わたしのあだ名が定着したらどうするのよ。こまるのは綺惺くんだよ?」
「べつに困んねえよ、俺は」
特段代わり映えのない声で、綺惺くんは平気を口にする。喜怒哀楽であれば綺惺くんはいつも通り、ゼロ。わたしばかり全部の感情がフルスロットルだ。
「もー、そんなわけないじゃん」
ぷんっと頬に怒りを溜めながら、体育倉庫の隅に道具を仕舞った。日差しもなくじめっとした狭い空間に、道具や石灰の、体育特有の鈍い香りが充満していた。友人たちの声が遠くで聞こえる。校舎ではなく、別世界みたいだ。
「ごめんって」
再び、ゼロの謝罪が届くと同時に、わたしの身体は何かの影に覆われた。見上げた。それとほぼ同時に、わたしの視界には綺惺くんの綺麗なお顔が飛び込んできて、びっくりして心臓が飛び出すかと思った。
冷たい唇がわたしの唇に、静かにあわさる。
五秒程度重なって、予鈴の音が遠くで聞こえたころ、綺惺くんの顔が離れる。
頬に触れた綺惺くんの指先が冷たい。
「日凪は心あるよ、ちゃんと」
そう言って、もう一度わたしにくちづけた綺惺くんに、躊躇いはなかった。
ごめんね、綺惺くん。
わたしには、なにもないんだ。
間近にある、長いまつ毛が震えるのを見て、わたしは静かにまぶたを下ろした。



