そして僕らは愛を手に入れた

奇跡だとおもった
 𓂋⟢

 わたしには推しがいる。

 アイドルでも、俳優でもなくて、スポーツ選手でも配信者でも、コーヒーショップで働く黒エプロンのおにいさんでもない。

 わたしの推し。それは、同じ高校に通う、同じ学年の男の子だ。

 王子さま。その形容詞がぴったりと似合う高校生。すらりとした長身に似つかわしくない中性的で整った顔立ち。それだけでも役満なのに、笑うと可愛い。ここがポイント。

 いつも気怠げで、クールな彼だからこそ、笑った時の破壊力はすさまじい。入学式のその日、首席挨拶をした彼はそのたった数分で同じ学年、いや、同じ学校のありとあらゆる女子を射止めたであろう望月綺惺(もちづきあやせ)というひとが、何を隠そうわたしの推しである。

 好きな人とはちがう。好きだなんておこがましい。
 見るだけで十分。すれ違えば幸せ。駅のホームで二人きりになると息が止まりそうになる。

 それ即ち、推し。

 推しと最寄りが同じというだけで両親に圧倒的感謝をしたのも懐かしく、今日もまた、朝の登校時わたしは推しのすがたを見つけることに成功する。

 横断歩道の向こう側に存在する綺惺王子。できるならばもう少し。もう少しだけ近くで拝みたい。目から栄養素を受け取りたい。出来ることなら……!
 
 生まれた安直な欲望にしたがい、わたしは駆けた。沸き立つ鼓動はうごきつづけるわたしの脚を止めない。

 綺惺くん──……!

 青信号の横断歩道を飛び出せば、突としてファンファーレが聞こえた。

 パーーーーーーーッ!

 何重にも重なったその音に振り向いたその時、わたしの世界はブラックアウトした。