恋するわたしはただいま若様護衛中!



 夏休みが明けて、久しぶりの登校日。
 私は少し緊張しながら自分の教室に入っていった。
 すると、すでに伊吹が席に座っていて、数人の男子と会話している。

「おはよ、紅葉」
「お、おはよ……!」

 笑顔の伊吹は今日も眩しくて、目を閉じたくなるほどに尊い。
 ドキドキの余韻に浸りながら自分の席に座ると、沙知がやってきた。

「おはよー!」
「おはよ! 課題、一緒にやってくれてありがとう」
「いいよ。一緒にできて楽しかったし」

 言いながら、沙知は私の肩をトンと叩いてウインクする。
 頼もしい沙知と、そして以前よりも少し距離が縮まった伊吹もいる。
 大切な人たちと楽しい二学期を始められると思うと、私もワクワクしてきた。
 程なくしてチャイムが鳴ると、担任の高田先生が教室に入ってくる。
 メガネをかけた若い男性の先生で、口数は少なく真面目な性格だ。

「朝礼をはじめる前に、このクラスに新しい仲間が増えます」
「!!」
「入ってきていいよ」

 高田先生の一声に、クラス全員が顔を上げて興味津々な空気となった。
 私もソワソワしながら、その編入生が教室に入ってくるのを待つ。
 教室のドアがガラッと開いて、籐黄学園の制服を着た編入生が姿を現した。
 瞬間、私は驚きすぎて息を止めた。
 青髪を首裏で一つに束ねて、キリッと凛々しい目元。
 白の学ランは首元がゆるゆるで、一見不良を思わせる風貌。
 間違いなく、夏祭りで出会った“富岡倫太郎”くんだった。
 斜め前の席に座る伊吹に視線を向けると、同じく驚いているような横顔が見える。

「じゃあ簡単に自己紹介してもらおうかな」
「……はい」

 高田先生の指示に対して、素直に返事をした倫太郎くんが黒板の前に姿勢よく立つ。
 教室全体を見渡すと、余裕そうな表情で自己紹介をはじめた。

「富岡倫太郎。昔はこの辺に住んでいて、最近戻ってきました。特技はサッカー。よろしくお願いします」

 あっさりとした自己紹介を終えて、倫太郎くんが一礼する。
 教室には拍手が沸き起こり、私も戸惑いながら拍手を送った。
 すると近くの席の女子が、こそっと私に話しかけてくる。

「めちゃくちゃかっこいい編入生だね」
「え? あ、はは……だねー」
「不良そうなのに敬語使ってるのが好印象! あとで話しかけてみよーっと」

 早速、女子の心を掴んだ倫太郎くんは、高田先生の指示で廊下側の後ろの席に座った。
 みんなの視線が集まる中、倫太郎くんがふと顔を上げて私と目を合わせる。

「っ!!」

 まるで敵を威嚇するような目つきに、私は思わず視線を逸らした。
 感じの悪い態度をとってしまったと反省はしつつも、夏祭りの件があるから正直近寄りがたい。
 でも、同じ忍者の末裔だから色々話したいこともあるし。
 すぐには難しいかもしれないけれど、倫太郎くんのことを知っていきたい。

「今日の日直は――上田さん」
「は、はい!」

 高田先生に名前を呼ばれた私は、慌てすぎて大きな声で返事をする。
 何も事情を知らない高田先生は、日直の私にとんでもないことをお願いしてきた。

「これから、富岡くんに校内を案内してあげてください」
「え⁉︎」
「先生はホームルームがあるので。富岡くんもわからないことは上田さんに聞いてくださいね」
「……はい」

 倫太郎くんは何も気にする様子なく、返事をしていた。
 先生は知らないから仕方ないけれど、私は倫太郎くんに敵認定されているんです。
 けれど役目は果たさないという責任感から、私はすっと立ち上がった。
 クラスメイトの視線を感じながら、倫太郎くんに声をかける。

「……あ、案内、します……」
「……」

 無言の倫太郎くんも、多分私なんかの案内なんて不要だと思っているに違いない。
 倫太郎くんは静かに教室を出ていくから、その後を追おうと教室を出る。
 出発する直前、私が教室の中に視線を向けると、伊吹がこちらを見ていた。
 その視線はとても心配しているようで、私の胸がざわついた。



 私と倫太郎くんは、静かな廊下を並んで歩く。
 他のクラスも始業式前のホームルームが行われているから、廊下を歩いている生徒は私たちだけだった。

「……ここが、二年生のお手洗い。その先に科目教室が――」
「おい紅葉」
「ひぃ!」

 案内の途中で突然呼び捨てにされた私は、思わず肩をびくつかせた。
 恐る恐る視線を上げると、倫太郎くんは不適な笑みを浮かべて腕を組んでいる。

「な、なんで私の名前……」
「伊吹がそう呼んでいただろ」

 なるほど。夏祭りの時に私の名前を覚えたらしい。

「俺が編入してきて驚いたか?」
「う、うん。……もしかして、夏祭りの時にはこの学園にくることわかってたの?」
「ああ。紅葉も同じ学校だったんだな……」

 私のことを鬱陶しそうに睨む倫太郎くんに、身の危険を感じた。
 あの時のバトルの続きでもしようかと言われたら、多分逃げることしかできない。
 そんな私の思いが読まれたのか、倫太郎くんはため息をついて首根をかいた。