あっという間に二週間が経ち、夏休みが間近に迫った週末。
 午後六時に、籐黄神社の鳥居前で待ち合わせしようということになっていた。
 西の空にはまだ太陽が少し見えていたけれど、東の空には星も見えていた頃。
 先に沙知と合流していた私は、緊張しながら待ち合わせ場所に向かう。

「紅葉ぃ〜、浴衣着ようって言ったのに!」
「だって浴衣って動きにくいし、普段と違う格好は恥ずかしいよ……」
「まったく。伊吹に紅葉の浴衣姿見てもらう大チャンスだったのにな」

 白生地に可愛い紫の花がたくさん描かれた浴衣を着る沙知が、残念そうに話す。
 私も直前までは浴衣を着ようかと迷っていた。けれど、浴衣を着てしまうと動きにくいし早く走れなくなる。
 万が一伊吹に危険が迫った時、充分に守ることができない。
 だから浴衣を着られない代わりに、精一杯オシャレしようと思って選んだ服を着てきた。
 沙知の浴衣に合わせたラベンダー色のフレアスリーブシャツと、デニムのショートパンツ。

「私なりに頑張ったから、これで勘弁して〜」
「わかってる。私もわがまま言ってごめん。今日の紅葉もめちゃくちゃ可愛いから自信持って!」

 沙知に励まされて安心した。
 みんなと合流した時の伊吹の反応は怖いけれど、沙知が自信をくれたから大丈夫。

 籐黄神社は、木が生い茂った小高い丘の上にある。
 麓に鳥居があり、長い石段を登ると参道や境内が見えてくる。
 屋台が立ち並び、人の往来があるのは麓の周辺。
 待ち合わせ場所に近づいてくると、徐々に人口密度が高くなってきた。
 そうして鳥居前に到着した時、すでにほとんどの参加メンバーが集まっていた。
 そこには友達と談笑している伊吹の姿もあったのだけれど。
 なんと藍色の浴衣を着ていて、素足に下駄を履いていた。
 はわ! 伊吹の浴衣姿! めちゃくちゃ似合ってる……!!
 私はそう心の中で叫んだ。
 そして伊吹だけが特別輝いて見えるのは、私が片想いをしているからなのか。
 いや、周囲の見知らぬ女子たちの視線も伊吹に向いている気がする。
 ますます伊吹ファンが増えるんだろうなと予感した。 

「お待たせー!」

 沙知が物怖じせず輪に入っていき、クラスの男子に浴衣を褒められていた。
 その後ろをついていった私は、不意に伊吹と目が合う。
 瞬間、伊吹は驚いたような目をして私を見つめたまま無言になった。

「……? こんばんは……伊吹?」
「え! あっ……ご、ごめん……」

 呼ばれてハッとした伊吹は、顔を背けて首根をかく。私にはその行動が、何かを誤魔化すためのように見えた。
 もしかして私の今日の服装は、やっぱり伊吹の好みではなかったのかな?
 もっと大人っぽい方が良かった? それとも浴衣の方が好き?
 いずれにしてもコメントに困ったことに変わりなくて、私は不安を抱いてしまう。
 地面に視線を落としていると、後ろから雛菊さんの声がした。

「お待たせしてごめんね〜」

 長い髪の毛を色っぽくアップにして、浴衣を着ている雛菊さんが笑顔で立っていた。
 藍色生地に白の雛菊が描かれた、高級そうな浴衣。
 伊吹と同じ藍色の浴衣だから、もしかして事前に示し合わせたのかもしれないと勘繰った。

「雛菊さん! 浴衣めちゃくちゃ似合ってる!」
「ありがとう。母が私の名前に合わせてオーダーメイド注文してくれたの」
「それで雛菊の浴衣なんだ、すげー!」

 クラスの男子たちは、美しい雛菊さんを褒め称えた。
 他の女子たちも興味津々で、あっという間に注目の的となる。
 さすがご令嬢であり学園のマドンナ。感心していると、私の隣に伊吹がぴたりと立った。

「紅葉、さっきは変な態度とってごめんね」
「っ、いや、大丈夫……」
「紅葉がいつもと雰囲気違ったから、ドキッとしちゃって」

 伊吹の言葉に、私の思考が停止する。
 こんな私でも伊吹をドキッとさせることができたんだと知って、少し嬉しくなった。

「……あ、ありがと。あまり自信なかったから、良かった……」
「紅葉はもっと自信持ちなよ。だって――」

 言いながら、伊吹が私の耳元で囁いた。

「今日、一番可愛いんだから」
「っ⁉︎」

 心臓を鷲掴みされたような衝撃を受けた。顔の中心に熱が集まってくる。
 私の心を乱す言葉を発した伊吹は、不敵な笑みを浮かべてスッと離れていった。
 雛菊さんのところに行くのかなと思ったけれど、他の男子と会話をはじめる。
 好きすぎて、胸が痛い……!
 私だけに囁かれた言葉が、まだ耳に残っている。
 一体、伊吹はどういうつもりで私のことを可愛いと言ったのだろう。
 謎は深まるばかり。けれど嬉しくて楽しくて、すでに今日の夏祭りに参加できたことを感謝した。