となりの石油王サマ

空気の流れが止まった。

「先輩。
俺、先輩が高校生の時の写真持ってるんです。
一重ですし、鼻も低いですよね」
私は、とっさに逃げようとするが、強く抱きしめられて動けない。
「先輩。
俺、本気であなたのことが好きなんです。本気であなたと付き合いたいと思ってる。
整形、会社にバラされたくないですよね? やらせてください」
「!!」
確かに、
私は目と鼻を少し整形した。しかし、ナチュラルに見える範囲で、今まで誰も気づかなかった。
私が私の稼いだお金で、望む外見を手に入れた。それを脅しに使う? やらせろ? 私が好きだから?
(は?)

私は、少し身動きし、それからゆっくりと顔を上げる。目を潤ませて。
「いくら欲しいの?」
「あなたが欲しい。あなたを俺の彼女にしたい」
「じゃあ、私があなたの彼女になったら、会社に整形のこと黙っててくれる?」
「もちろんです」
「他には何が欲しいの?」
「あなたの愛が欲しい」
「愛?」
「そう。あなたに愛されたい。
あなたは優秀でしかも美人だ。俺の彼女にふさわし、」
私は、
そいつの股間を思い切り蹴り上げ、アゴに頭突きをかました。
そしてバッグから防犯ブザーを取り出し、迷わず鳴らす。
「ねぇ、いるんでしょ!!」

「ここに」
どこからともなく石油王が現れる。本当にどこにいたんだ。忍者か。
「この男、あなたにあげる。好きにして」
私は、股間を押さえてうずくまっている男をアゴでしゃくる。
「承知しました。今すぐうちのスタッフを呼びます」
「私、帰る」
「お送りしますよ」
「ひとりで帰りたい気分なの」
「私は、あなたを家にお送りしたい気分です」
「……」

それも悪くないな、と思った。酔ってるし。

天蓋に隠れるように、守られるようにキスを繰り返す。全身がハチミツのようにとろけそうなキスを。