となりの石油王サマ

「お疲れですね、先輩」
昼休み、
ランチを買いに近くのコンビニへ行っただけで疲れてしまった。桜が満開で天気は夏みたい。暑い。日差しが刺さる。メイクが崩れる。
「今日、覚えてますか。先輩。飲みですよ」
「あ、ありがと」
頭の上に冷えたグレープフルーツジュースの紙パックを置かれた。デキるイケメン後輩くん助かる。
「生ビール飲みに行っちゃいますか」
「人数集めてくれたんですか?」
「えぇ、他部署のひとも」
「さすが!! 今夜、楽しみですね!!」
私がぴょこんと起きてニッコリ笑ったら、その後輩もあまーい王子様スマイルを見せてくれた。うん、眼福!!

「ジュース、ありがとうございます。お金返すね」
「良いですよ。それくらい」
「はい120円。ありがとうございました」
「先輩って律儀ですね。真面目で。
可愛い」
「ありがとうございます。あなたも可愛いよ」
「男って可愛いって言われるの嫌なんですよ」
「知ってる。
さて、ごはん食べよ」
石油王は、
あの夜からも変わりなく、毎朝私のベッドに入り込み、朝食を用意する。何もなかったみたいにニコニコしている。
(破格の条件だけに怖すぎる)
私も何ごともなかったかのように過ごしているけれど、引っ越しを考えている。まだ契約が数ヶ月残っているが。けれど、
(世界のどこへ逃げても追いかけてきそう)
私は本当の愛も恋も知らない。
そして、本当の愛も恋も知らないのに、婚活に必死になっている。
(さぞかし可笑しく見えるんだろうな。今の私が。かわいそうに見えるのかも)
狭い世界でもがいている私が。あの石油王には。

- アンタはしっかりしてるから安心だよ。
- ほんっとしっかりしてるよね。頼れる。
(そう。
私はしっかりしていて頼れる人間)

メニューが豊富な居酒屋で、控えめに生ビール小を飲み、冷や奴や海藻サラダを食べた。豚しゃぶもソースなしで少し食べた。
ビールのあとは甘くない梅サワーを薄めに作ってもらい、水と交互に飲んだ。
「ほんっと先輩って頼れるんですよ」
「販促部楽しそうだな。アタシもこんな先輩欲しかった」
「営業部大変ですよね。ノルマあるし、新商品出るの早いし、外に出ることも多いし」
「そうなんですよ。せんぱーい!!」
「おい、俺の先輩だぞ」
「暑かったり寒かったり、花粉症出たりでたいへんでしょう?
さ、食べてください。飲んで」
「俺、この先輩を総務部に連れて帰る」
「ダメ!! 俺の先輩なの!!」
「せんぱーい。
うちの新商品の口紅ねー。
試供品いっぱいあるから、先輩にあげます」
「俺の先輩だっ!!」
(あー、みんな可愛い。癒される)

「ねぇ、あなたのチーク、
うちの商品でしょ? さりげなく入ってて良いですね。可愛い」
「わぁ、ありがとうございます!!
これ1年前の新作なんですけど、すっごい肌馴染みよくって、ナチュラルメイクに必須なんですよね」
「おい、
他部署の先輩に営業かけるな」
「仕事の話やめよーぜ。恋バナでもしない?」
「うちの彼女マジでヤバい」
「どう言う意味で?」
「1時間ごとにメッセージ送ってくる」
「嬉しそうな顔に見えるぞ」
あー、
いっぱい笑って、いっぱい喋って、ストレスが消える。
(だけど、
疲れる)

「先輩、今日もありがとうございました」