となりの石油王サマ

「貴様って敬語、」
「おだまり!!」
家に帰ってすぐ、私はとなりに怒鳴りこんだ。石油王は自分の部屋でくつろいでいた。天蓋付きのベッドで。部屋には、家族や友人と撮ったらしい写真が綺麗な額に入れて飾ってある。
壁一面の本棚には、教科書から小説まで、さまざまな言語の本がぎっしり詰まっていた。彼のスマートフォンからは、日本の女性アイドルグループの曲が流れていた。私がいちばん可愛い、と歌う。
「なんでおまえは毎度毎度、私の縁談をぶち壊しにするんだ!!」
「日本語では悪い虫がつかないようにすると言いますね」
「おまえがいちばんデカくて悪い虫だが!?」
「My Destiny」

座ったままの彼が、立っている私を見上げた。澄んだ眼差しで。

「私の兄弟はお金持ちと結婚して、ますますお金持ちになりました。
お見合いを兼ねたパーティーを開いたのです。
そこに愛はありません。ただ、美しいだけの嘘があります」
「あなたは、そんな結婚はしたくないと?」
「わかりません。お見合いパーティーで運命のひとに出会うかもしれません。
でも、私は世界へ出たかった。その中で、生涯をともにするパートナーが見つかったらなんと素晴らしいだろう、と淡い期待を持っていた。
そして、あなたに出会った」

「国に帰りなよ。ここはあなたのようなひとのいる場所じゃないよ」
私は、その純粋な目に吸いこまれそうになりながらそう言った。
「油田持ってるんでしょ? 一生楽して暮らせるんでしょ? 帰りな」
「あなたがその生活を望んでいない」
「あなたとは結婚できないよ。いろいろしてもらって悪いけど。私は日本でずっと暮らして行きたいし、結婚しても出産しても働きたい」
「それはあなたの本心ですか」
「!!」

彼の眼差しは揺らがない。私は心を読まれないように、大きくて頑丈な盾を持つ。見えないガードを。心の前に。
「外国人との子供は欲しくない」

「そうですか」
自分でもずいぶんとひどく、差別的な言葉を発したと思う。
済まなく思う。本当に申し訳なく思う。
だけど、これで諦めてくれるのだったら、どんなひどいことでも言える。あなたにはもっとふさわしい場所があるはずだ。
「明日の朝食はどうしますか」
「要らない。自分で用意する」
「My Destiny」
背を向けた私に、優しい声がかかる。
「あなたのために日本に帰化し、外見も整形で変えます」
逃げた。
逃げるしかなかった。
(どうしてそんなに私が良いの!?)
ここまで来ると怖い。何かされているわけでも、脅されているわけでもないのに。
ただ、怖い。

その純粋な想いが。

「眠い」